法廷が下した結論は処分の撤回だった。
 ペイトリオッツが不正に空気圧を低くしたボールを使用した疑惑が持たれている、いわゆる「デフレートゲート」で、ニューヨーク連邦地裁のリチャード・バーマン判事は9月3日、NFLがペイトリオッツのQBトム・ブレイディに科した4試合の出場停止処分を無効とする判断を示した。


 これにより、ブレイディはアメリカ東部時間10日午後8時30分(日本時間11日午前9時30分)に地元ジレットスタジアム(マサチューセッツ州フォックスボロ)でスティーラーズを迎える開幕戦に出場することが可能となった。
 NFLは判定を不服として即日控訴したが、係争中はブレイディの試合出場は可能。そして、二審以降でNFLLが逆転勝訴する確率は極めて低いと見られている。


 NFLにとっては痛しかゆしの判決だ。NFLの決断が否定されたことは完全な敗訴である。その一方で、スーパーボウル王者ペイトリオッツの絶対的司令塔であるブレイディが開幕戦に出場停止処分を受けるという事態は避けられた。スーパーボウル50周年を祝う記念のシーズンの始まりに、スーパースター不在では格好がつかない。


 とはいえ、ロジャー・グッデル・コミッショナーの面子は丸つぶれだ。昨年のAFC決勝の前半でペイトリオッツが空気圧を規定より低く設定したボールを試合球として用意し、それを使用していた問題で、NFLは法律家のテッド・ウェルズ氏を中心とする調査団を結成。当事者に対する聞き取り調査をもとに243ページに及ぶ調査書をまとめた。


 この調査書を元に、NFLのトロイ・ビンセント上級副社長がペイトリオッツに100万ドルの罰金とドラフト指名権を二つ剥奪)と、ブレイディに開幕から4試合の出場停止処分を決定し、それをグッデル・コミッショナーが承認した。
 ブレイディが減圧行為に関与したとする確固たる証拠は示されなかったものの、調査書は「ブレイディが減圧行為を認知していたと十分に考えられる」と結論付けた。


 これを不服とし、身の潔白を主張するためにブレイディはNFL選手会の支援を受けて異議申し立てを行った。グッデル・コミッショナー自身もブレイディに10時間以上に及ぶ事情聴取を行った。その上で処分が妥当であるとの判断を下したのだった。


 納得しないブレイディと選手会はついに法廷闘争に持ち込んだ。バーマン判事はブレイディとコミッショナーの双方の話し合いによる示談を目指していたと言われる。
 NFL側がブレイディの関与を裏付ける確実な証拠を提出できていないことを責める一方で、ウェルズ氏の調査に際し、ブレイディが使用していた携帯電話と通信記録の提出を拒んだ事実を「非協力的」とも断じた。そこで落としどころとして1試合の出場停止という案も出たようだ。ブレイディの無罪の主張を受け入れながらも、NFLの処分決定を尊重する折衷案だった。


 しかし、蓋を開けてみれば結論はブレイディの完全勝訴である。もっとも、法廷に持ち込まれた段階でブレイディの試合出場は予測できた。係争中は処分がペンディングとなるからだ。
 驚いたのはその判決理由である。「ブレイディ氏はボールが減圧されていることを認知していることで4試合の出場停止処分が科されるとは事前に知らされていなかった」というのがバーマン判事の主張だ。だから処分は不当だというのである。


 薬物規定違反や行動規律違反に対する処分の軽重は、NFLと選手間で結ばれている労働協約(CBA)によって明文化されている。
 しかし、NFLが言うところの「試合の尊厳を損なう行為」(ルールに反して減圧されたボールの使用はこれにあたる)に対する処分は規定されていない。よってNFLがブレイディに処分を科すことはできない、というのが判決理由だ。


 NFLは処分決定のプロセスを否定されたのだ。そして、このまま結審すれば、具体的な量刑規定のない行為に対する処分決定は無効となる判例が生まれることになる。
 納得しがたい判決ではあるが、これでシーズン開幕を前にシーズンオフの最大懸案であったデフレートゲートが解決しめでたし、めでたし―とはならない。絶対にしてはならないのである。


 バーマン判事はNFLの処分決定を無効としたのであって、ブレイディの潔白を証明したわけではいない。デフレートゲートに関する疑問は何一つ解明されていないのだ。


 AFC決勝でハーフタイム時に対戦相手のコルツ側から告発されるまで、ペイトリオッツが減圧されたボールを使用していたのは事実だ。それは何のためだったのか。誰に便宜を図るためだったのか。誰の意志、または指示で行ったのか。ブレイディの関与は本当になかったのか。
 だとすれば、ブレイディの関与を示唆する内容のメールのやり取りはなんだったのか。なぜブレイディは通信記録の提出を拒み、わずか数カ月しか使っていない携帯電話を交換して旧機種をわざわざ破壊したのか。どれも答えは出ていない。


 ブレイディの処分撤回は大きな判決だ。しかし、この判決はデフレートゲートを少しも解決には導いていない。これを最終結論としてしまえば、デフレートゲートの背景に潜む真実を永久に葬り去ることになる。(ジャパンタイムス・生沢浩)

【写真】NFLが科した4試合の出場停止処分を無効とした裁判所の判断を受けて、メディアの質問に答えるペイトリオッツのQBトム・ブレイディ(AP=共同)