甲子園ボウルでの楽しみの一つに、懐かしい人との再会がある。


 羽間平安さん、89歳。関西大学時代はQBとして活躍し、甲子園ボウルでは1955年から83年まで主審を務めた。
 日本のアメリカンフットボールの殿堂にもその名を刻んでいる、文字通りの「レジェンド」である。


 大学卒業後は大手印刷会社の役員、母校関大の理事長と要職を歴任する傍ら、競技の普及や審判員の指導に尽力してきた。


 羽間さんといえば、トレードマークだった「白い手袋」を思い出す。
 「あんたは背が低いから、スタンドからだとシグナルが見にくい」。友人からそう言われて思いついたのが「白い手袋」だったそうだ。


 公平で正確な判定、威厳もあって「闘将」と恐れられた故篠竹幹夫元日大監督も一目置く存在だった。


 現役を退いて久しいが、主審として裁いた29度に及ぶ甲子園ボウルのことを実によく覚えている。
 12月18日に行われた第71回大会のハーフタイムでも「あのときはこうやった」と、その場面を詳細に説明してくれた。


 上着のポケットからおもむろに取り出したのは、ご自分について書かれた古い新聞記事。「こんな時代もありましたな」と懐かしむ表情は、フットボールに対する深い愛情にあふれていた。


 昭和2年生まれは、4年前に他界した父親と同じと話すと「そうですか、人生まだまだこれからですな」と励まされた。いつまでもお元気で。(宍戸博昭)

【写真】甲子園ボウルで長年主審を務めた羽間平安さん=12月18日・阪神甲子園球場