今は主のいない実家の書棚には、1970年8月発行の創刊号以来のバックナンバーがそろっている。
 変色した写真。息子について書かれた箇所には、几帳面だった父親が定規をあてて引いた赤いアンダーラインが残っている。


 アメリカンフットボールの専門誌としてファンに愛された「TOUCHDOWN」が、今月30日発売の「568号」をもって「休刊」になった。
 デジタル化が進む時代の流れ。紙媒体の影が薄くなっていくのは仕方ないのかもしれない。だが、中学生の頃から毎月の発売日を楽しみにしていた読者の一人としては、老舗専門誌の撤退に喪失感を禁じ得ない。とても残念である。


 選手時代の取材される立場から、記者になって取材する立場になった。駆け出しの頃、発行人の後藤完夫さんから声をかけていただき「連載」を任せてもらった時期もある。小欄のコラム「Safety Blitz」は、当時のタイトルを引き継いだものだ。
 意味もなくいきり立った拙文は、今読むと赤面する内容で、編集者の広い心にあらためて感謝している。


 後藤さんは慶大を卒業後、一時サラリーマンをしていたが、アメリカンフットボールへの思いが捨てきれず、国内初の専門誌の発行に踏み切った。
 当初は今で言う通信販売だけで、横浜から郵送されてくる雑誌をワクワクしながら開いた記憶がある。


 「全日本」を結成して、戦後初めて米国(ハワイ)に渡ったのは東京五輪が開催された1964年。後藤さんは関学大と日大の選手が中心のチームで慶大からRBとしてただ一人代表に選ばれた。
 コーチは関学大の米田満氏と日大の篠竹幹夫氏だった。


 後藤さんは雑誌の編集責任者という立場だけでなく、テレビの解説者として70歳を過ぎた今も現役で活躍している。
 「休刊」に至った詳しい経緯は知らない。しかし、「休刊」は文字通りお休みであって、もう一度態勢を整えて「569号」が発行される日を待ちたいと思う。お疲れさまでした。(宍戸博昭)

【写真】1970年8月に発行された専門誌「TOUCHDOWN」の創刊号