関西学院高等部が、日本の高校で初めて単独でハワイに遠征したのは1971年のことだ。
 当時3年生だった中心選手は、大学に進んでも下級生の時から期待され、主力として活躍した。


 彼らが大学1年だった72年、関学大は甲子園ボウルで初出場の法大に敗れたが、翌73年から史上初となる5年連続大学日本一に輝いている。
 「黄金世代」と呼ばれる76年卒業組は、各ポジションに精鋭を擁し、日本のアメリカンフットボール界に強烈なインパクトをもたらした。


 76年卒業組の一人、背番号「14」のWR小川良一さんは、ヘルメットから長髪をなびかせ、華麗なパスレシーブでファンを魅了した。同世代の憧れのプレーヤーだった。
 小川さんは、関学大を卒業後に渡米。大学でカイロプラクティックドクターの資格を取得し、高校時代に魅せられた美しいカウアイ島で開業する夢をかなえ、現在に至っている。


 ハワイの高校とは、その後も何度か交流している関学高等部は、7月に19年ぶりとなる米本土遠征を実施した。
 地元の高校OBとの親善試合はもちろんだが、さまざまな米国文化に触れる機会を得たことは、貴重な経験として3年連続高校日本一を目指す生徒たちに好影響をもたらすだろう。


 大学は今年6月に単独でメキシコに遠征、強豪校との激戦を制している。昨年3月の、プリンストン大との「レガシーボウル」もしかり。
 競技を通じて、こうした取り組みを続ける関西学院という組織の底力をあらためて感じさせられる。


 関学高等部が初めてハワイに渡ってから45年。ニックネームが「ダーターズ」から大学と同じ「ファイターズ」に変わっても、根底に流れる「パイオニア精神」は、今もチームに息づいているのである。(編集長・宍戸博昭)

【写真】1970年代、関学高等部のニックネームは「ダーターズ」だった