タレント、司会者として活躍した大橋巨泉さんが、7月12日に亡くなっていたことが、8日後の20日に分かった。82歳だった。


 巨泉さんとは1990年、彼が主催するハワイでのゴルフ大会の取材で初めてお目にかかった。日本から来た報道陣のことを何かと気にかけてくださり、「気遣いの人」という印象を受けた。


 数年後、NFL中継の仕事で渋谷のNHKで〝再会〟した。こちらのことなど覚えていないと思ったが、ハワイの話を切り出すと思い出してくれた。


 テレビをよく知る巨泉さんのNFL解説は面白かった。強烈な個性でアナウンサーを食ってしまうので、スタッフはやりにくい面もあったようだが、しっかり下調べをして選手の個人情報もよく知っていた。
 「アンチ巨泉」がいることは承知の上で、そうしたファンも取り込んでアメリカンフットボールの魅力を伝えようとしていたのだと思う。


 ゴルフだけでなくボウリングも上手だった。日本中がブームに沸いた70年代。テレビのボウリング番組で披露した変則的なフォームから繰り出されるボールは、1番と3番ピンの間にある、いわゆる「ポケット」に吸い込まれていった。
 ストライクを連発して平均スコアは200を超え、当時のスター、中山律子さんら女子のトッププロと互角に渡り合う姿に「すごい人だ」と驚いていた。


 音楽にも造詣が深かった巨泉さんは「スポーツを見る天才」だった。スーパーボウルなどでの勝負どころをわきまえたコメントは、プレーヤー目線でもファン目線でもない独自の視点で、とても新鮮だった。
 「野球は巨人、司会は巨泉」。永六輔さんに続いて、昭和一桁生まれの巨星が、また一人天に召された。ご冥福をお祈りします。(宍戸博昭)

【写真】自らが主催したハワイでのゴルフ大会で優勝したデービッド・イシイ選手一家を祝福する大橋巨泉さん(右端)=1990年2月