「チューさん」の愛称で親しまれた、関学アメリカンフットボール部OBの鈴木智之さんが4月12日、入院先の病院で亡くなった。81歳だった。


 鈴木さんは関学の中学部から大学まで一貫してQBを務めた名選手。大学4年時には、甲子園ボウルでライバル日大を33―0と一蹴した。
 「週刊TURNOVER」にコラムを寄せてくれている元共同通信記者の丹生恭治さんとは中学からの同級生で、丹生さんはいつも「チューは同期の誉れだから」と話している。


 20年ほど前、成田空港の国際線出発ロビーで鈴木さんにばったりお会いした。
 ドイツからビール製造機械を輸入して販売する会社の社長だった鈴木さんに「お久しぶりです」と挨拶すると、名将ビンス・ロンバルディ氏の名言を引用し「宍戸君、フットボールはなんやかんや言うても、大事なのはブロッキングとタックリングやで」と熱く語り「出張か? ええ記事書いてや」と、あの人なつこい笑顔で激励してもらった。


 スケールの大きな人だった。関学という枠にとらわれず、むしろ他校のOB、指導者と幅広い付き合いがあった。NFLなど、米国のフットボール関係者とも太いパイプを持っていた。
 昭和49年、当時無給で京大の監督をしていた水野彌一さんを社員として雇ったのもその一例だ。「鈴木さんの下で働きながら、フットボールの神髄を学ばせてもらった」と、水野さんは述懐している。


 「関学ばかりが勝っていては、フットボールの発展につながらない」が持論で、学生と社会人のレベルアップを、広い人脈と抜群の行動力で実現していった。
 故樋口広太郎元アサヒビール会長とチーム創設に関わったXリーグのアサヒ飲料では、「スペシャルアドバイザー」として手腕を発揮。2000年度シーズンに日本一を経験した。


 「君のような立場の人間は、広い視野で日本のフットボール界を見渡さなあかんで」
 あの時の「チューさん」の言葉は、空港ラウンジでご馳走になったビールの味とともに、今でも強く印象に残っている。心よりご冥福をお祈りします。(編集長・宍戸博昭)

【写真】近親者だけで営まれた鈴木智之さんの葬儀