関西学生アメリカンフットボール連盟の「ご意見番」、元日本協会理事長の古川明さんは、84歳とは思えない軽快なフットワークで試合会場を飛び回っている。メディアとの関係を何より大事にし、関西の「アメリカン」人気の土台を作った功労者である。


 日本アメリカンフットボールの父、ポール・ラッシュ博士ゆかりの地である山梨・清里にある「殿堂」にその名が刻まれている古川さんは、「記者の方に書いてもらってなんぼですから」が口癖で、長年記者席と情報提供の充実に腐心してきた。
 関西で過ごした駆け出し記者時代。マスコミ関係者のどんな要求にも丁寧に対応してくれ、いつも最後に記者席を出る古川さんの姿を今でもよく覚えている。


 大阪の旧制池田中学でタッチフットボールを始めた古川さんは関西学院高等部と大学で攻撃のガードとして活躍。大学1、2年時には「甲子園ボウル」で優勝している。大学卒業後に米デンバー大へ留学。帰国後はコーチ、審判員として競技の普及に尽力してきた。


 その古川さんと久しぶりに神戸と大阪で会った。抜群の記憶力は健在で、今年で70回を迎える甲子園ボウルのさまざまな場面を鮮明に覚えているのには驚いた。
 すっかり日が落ちたエキスポフラッシュフィールドから、1時間に1本しかないコミュニティーバスでJR千里丘駅までご一緒した。狭い車内で話してくれた、1970年に開催された大阪万博会場周辺の歴史は、とても興味深かった。


 傘寿を過ぎても衰え知らずの古川さんに「朝食はどんなものを食べているのですか?」と聞いてみた。返ってきた答えは「チーズとミルク。それにコーンフレークですかね」。
 米国留学で身についた習慣が、今も続いているのだそうだ。参考になりました。いつまでもお元気で。(編集長・宍戸博昭)

【写真】84歳になった今も欠かさず試合会場に足を運ぶ古川明さん=10月10日、神戸王子スタジアム