今年の12月13日に開催される「甲子園ボウル」は、第70回の記念大会になる。ついこのあいだ60回を迎えたばかりだと思っていたが、月日のたつのは早いものである。


 大会を主催する毎日新聞社は来春、「甲子園ボウル70年史」を刊行する。編集を統括するのは、毎日新聞社運動部元記者の須賀潔さんだ。
 須賀さんは都立戸山高校でタッチフットボール、横浜国大ではアメリカンフットボールの選手だった。記者時代は大阪本社勤務が長く、甲子園ボウルの運営にも深く関わってきた。


 アメリカンフットボールへの思い入れはとても強い。故篠竹幹夫・前日大監督から信頼され、名物指導者とプライベートな時間を共有した、数少ない記者である。
 その須賀さんから、記念誌に載せる日大に関する原稿の依頼が来た。母校の話は、なかなか書きにくいものだが、お受けすることにした。


 国内で最も歴史のあるボウルゲームは、2009年から現在の全日本大学選手権決勝という位置づけになった。芝生が冬でも枯れない常緑になったのは、関学大と明大が大会史上に残る激戦を繰り広げた1985年の第40回大会からだ。
 今年は関学大が史上3度目の5連覇を目指す。過去には関学大が1973~77年、日大が78~82年に達成している。


 阪神タイガースの本拠地、春と夏は高校野球の舞台となり、冬にはアメリカンフットボールの聖地へと姿を変える。甲子園球場には、人を惹きつける不思議な魅力がある。
 「ホーム」の関西勢に対し、毎回「アウェー」の立場に不公平感を口にする関東勢の声を時々耳にするが、「甲子園ボウル」の名称とその権威は、先人たちの思いとともに、引き継がれていくべきだと思っている。(編集長・宍戸博昭)

【写真】甲子園ボウルのために内野にも自然芝が敷き詰められる甲子園球場