QB須永恭通からTE安部奈知への5ヤードTDパスが決勝点になった。1999年にイタリアのシチリア島で開催された第1回ワールドカップ(現世界選手権)。日本代表は決勝でメキシコを延長タイブレークの末6―0で破り、初代王者になった。


 16年前。当時、激化するコソボ紛争の影響で米国は出場を辞退。日本も一時参加を見送る方針を打ち出したが、外務省などを通じて安全を確認した上で出場に踏み切った。
 大会には、その後日本一を経験することになる富士通・藤田智、オービック・大橋誠両ヘッドコーチ(HC)も代表のコーチとして参加していた。11日間で3試合をこなす過密日程。地中海性気候のうだるような暑さの中での練習は過酷だった。


 忘れられないシーンがある。キックリターンの練習で、リターナーが集中力を欠いた。その時だ、藤田コーチが大声で一喝した。「おまえらポロポロボールを落としやがって。それが勝負決めるで!」―。
 雰囲気を察知したDE佐々木康元主将はこうフォローした。「だれてるから、気を引き締めていこう」。決勝を前に、チームは緊張感を取り戻した。


 7月に米国で第5回世界選手権が開催される。カナダが不参加を表明し、今回は7カ国で争われる。
 地元開催で負けられない米国が、どんなレベルのチームを編成してくるのか。現時点で日本代表の森清之HCも確認できていないという。


 日本は、前々回の川崎大会の決勝で米国をあと一歩のところまで追い詰め、前回のオーストリア大会は3位だった。目標はあくまでも高く。「打倒米国」を掲げる日本代表選手45人は、6月15日に決まる。(編集長・宍戸博昭)

【写真】第1回ワールドカップの表彰式で優勝トロフィーを手渡される日本代表の佐々木康元主将(日本アメリカンフットボール協会提供)