柴田尚さんと聞いて、懐かしく思うオールドファンは少なくないのではないか。1974年。当時関学大のエースRBだった柴田さんは、この年に制定された、学生の年間最優秀選手に贈られる「チャック・ミルズ杯」の記念すべき初代受賞者となった。


 大阪の進学校、豊中高から鳴り物入りで「ファイターズ」の一員になった。71年、日大と対戦した1年時の甲子園ボウルは、思わぬ形で出場機会が訪れた。
 22―22で迎えた第4クオーター。レギュラーの先輩が次々にけがをし、やったことのないDBを任される。
 「日大のQB佐曽利さんに狙われて、決勝のタッチダウンパスを決められた。あのときは落ち込んだが、今ではいい思い出」と振り返る。


 長年女子チームを指導している。1990年、東京で誕生した「レディコング」では、今も米女子プロリーグで活躍する鈴木弘子らを育てた。
 「女子チームは、やればやるほど強くなる」と話す柴田さんの悩みは、対戦相手が少ないことだそうだ。
 現在は関西で活動する「F・Fランガルズ」のGMを務めている。1月24日に大阪で行われたシニアチームとの交流戦では、サイドラインから細かい指示を出していた。


 息子さんがプレーした横浜国大でもコーチをした。女子選手を相手に「週末は防具を着けて練習台になっている」という。還暦を過ぎても、フットボールに懸ける情熱は衰えていない。(編集長・宍戸博昭)

【写真】交流戦でF・Fランガルズの選手に指示を出す柴田尚さん=1月24日、大阪・エキスポフラッシュフィールド