初の日本一になった富士通の優勝を最も喜んでいる人に、お話を聞く機会があった。チーム創設時のアメリカンフットボール同好会会長で、現在フロンティアーズOB会名誉会長の平栗俊男さんである。


 昭和32年に富士通に入社した平栗さんは、最先端のコンピューター開発に取り組む技術畑を歩み、取締役就任後もフロンティアーズに誰よりも愛情を注いできた。
 3月で80歳になるとは思えない若々しい風貌。記憶力も抜群で、チームが発足した当初はユニホームもなく、選手集めに苦労したといった話を、きのうのことのようによく覚えている。


 平栗さんは関西学院の中学部、高等部から大学は京大に進んだ。フットボールのプレー経験はないが、中高の同期には後に甲子園ボウルで活躍したファイターズの精鋭がたくさんいる。
 会社で部を立ち上げた背景には、「アメリカン」が盛んな関西学院での思い出が大きく影響している。


 「関学とフロンティアーズ、関学と京大が対戦したらどちらを応援するのか?」。よく聞かれる質問だそうで、答えは決まっているという。
 その理由は、ここではあえて書かない。もったいぶるようで恐縮だが、2月に発行予定のTURNOVERの電子書籍「富士通特集」をお楽しみに、といったところである。(編集長・宍戸博昭)

【写真】「フロンティアーズ」について熱く語る平栗俊男さん=川崎市中原区の富士通クロスカルチャーセンター