関西学院を率いて21年目の中尾昌治監督は、勝利の瞬間涙を抑えきれなかった。高校フットボール界きっての名門が、10年ぶりに日本一の座を取り戻した。
 中尾監督は大学の3、4年時は京大に敗れ甲子園ボウルに出場できなかった。社会科教諭として赴任した母校を熱心に指導してきた背景には、そうした理由もあるのだろう。
 今年のチームは春、練習試合を含めて3連敗。「自分たちは弱い」という自覚を持ち、秋へのチーム作りが始まった。


 「集散」と「返事」。DB森上衛主将は、チームを立て直すためにまず実行したことを挙げてくれた。プレーでは素早い集散を心掛け、どんな時も返事を忘れない。特別なことではない。しかし、「春は自分たちの尺度で物を考えていた」(森上主将)チームには甘えが蔓延し、あえてこうした当たり前のことから取り組んだのだそうだ。
 1988年、4年ぶりに甲子園ボウルを制した日大の主将が、部員に日記を義務づけるなどしたというエピソードは、以前コラムで紹介した。そうした日常生活を整える意識した行動が、意外に大きな効果を生むことがある。多感な高校生ならなおさらだ。


 東京3位から決勝の舞台へ。目標の5連覇こそ果たせなかったが、早大学院はいいチームだった。最後まで勝負を諦めない姿は、感動的だった。
 「いい男に育てていただき、ありがとうございました」―。応援に駆けつけた生徒の母親からの声に、濱部昇総監督は目を潤ませ、深々と頭を下げた。(編集長・宍戸博昭)

【写真】関西学院を高校日本一に導いた中尾昌治監督=12月23日、大阪・キンチョウスタジアム