「たかがスポーツじゃないか。この程度のことで音を上げていて、社会に出て何ができるというんだ」「常に最悪の事態を想定し、準備を怠るな。そうすれば、慌てることはない」―。
 学生時代の恩師から授かった教えの数々は、今でも鮮明に覚えている。「カリスマ」と呼ばれた「鬼監督」は、アメリカンフットボールの指導者であると同時に教育者だった。迫力満点の野太い声。発せられる言葉は時に理不尽にも思えたが、不思議と反発しようという気持ちにはならなかった。
 合宿所で学生と寝食を共にし、規律を植え付ける。勝つことを最大の目的に掲げる一方で、潔い負け方にもこだわった。相手をたたえる度量もあった。
 今年も夏がやってきた。思い出すのは、徹底的に鍛えられた合宿練習だ。炎天下で意識がもうろうとした経験は一度や二度ではない。そこで踏ん張れたのは、監督を男にしたいという思いにほかならなかった。
 早いものであれから8年。7月10日は、暑い夏が大好きだった篠竹幹夫前日大監督の命日である。(編集長・宍戸博昭)

【写真】篠竹幹夫前日大アメリカンフットボール部監督=1990年撮影