元ヤンキースの松井秀喜さんの人柄の素晴らしさは、今さら説明する必要はないが、巨人時代の彼に審判の判定について質問したことがある。
 松井さんが打席で判定に抗議する姿を見たことがない。その理由を聞くと「人生には自分でコントロールできることと、できないことがある。ストライク、ボールの判定は自分ではコントロールできないので、全てを受け入れることにしている」と話してくれた。「人間の器」を感じさせる深い言葉である。
 スポーツでの「誤審」は、試合の流れを大きく変えてしまうことがある。今年の巨人と楽天の日本シリーズでも、そういう場面があった。NFLではビデオ判定が導入されて久しいが、それでも判定をめぐるトラブルは解消できていない。
 審判技術の向上は、円滑な試合運営に不可欠である。自信を持って毅然とした態度でゲームを裁く姿は、見ていて気持ちのいいものだ。人間が判定する以上、残念ながら「誤審」はなくならないだろう。それもまたスポーツだからである。
 国内のフットボールは終盤戦。今年も微妙な判定が明暗を分ける試合があるかもしれない。記者会見で泣いてしまい、何一つ質問に答えられない敗軍の将も情けないが、口を開けば審判批判を繰り返す指揮官の話を聞くのは、これまたつらいものである。(編集長・宍戸博昭)

【写真】ニューヨーク日本商工会議所の日米特別功労賞を受賞した松井秀喜氏(左)=30日、ニューヨーク