生ビールの中ジョッキを14杯。酒豪とは聞いていたが、これほど飲んでケロッとしている人とは久しぶりに会った。富士通フロンティアーズの藤田智ヘッドコーチは、中目黒の居酒屋で豪快に飲み、語ってくれた。
 藤田さんとは1999年、イタリアのシチリア島で開催された第1回ワールドカップでご一緒した。彼は日本代表の攻撃コーチ、こちらは日本協会から派遣された取材記者。チームの移動から練習、試合の全てに同行した。
 移動のバスでは、藤田さんの隣が私の指定席だった。当時まだ30代前半と若かった彼は、既に近寄りがたい雰囲気を漂わせていた。「ショットガンは使わないのですか?」と聞くと「ショットガン? 準備せなあきませんな」と素っ気ない。「水野門下生はやっぱり気合いが違う」。そんな印象だった。
 その彼が、激怒した場面があった。パントリターンの練習の時だ。リターナーが集中力を欠いていると見た彼は「お前ら、ポロポロボール落としやがって。それが試合を決めるで!」。だれたムードに喝が入り、チームは瞬時に引き締まった。バスの隣席がいつも空いていた理由が、この時理解できた。
 あれから14年。富士通で9度目のシーズンを迎えた藤田さんが目指すのは、アサヒ飲料のヘッドコーチだった2000年シーズン以来の日本一である。(編集長・宍戸博昭)

【写真】富士通で9年目のシーズンを迎える藤田智ヘッドコーチ=撮影:Yosei Kozano、川崎球場