スウェーデンのトップリーグ「スーパーシリーズ」の決勝戦は、私がチームドクターとして帯同している「ウプサラ86ers」と「カールスタッド・クルセダーズ」の顔合わせで7月9日にストックホルムのオリンピックスタジアムで開催されました。


 この試合の前に、アメリカ人のダーウィンコーチが選手控え室でモチベーションスピーチを行ったのですが、その様子をこちらで見ることができます。https://www.youtube.com/watch?v=SV1Gj9Q3cFM


 彼はアラバマ大学出身のWRでしたが、外国人枠の関係で1試合しか出場できませんでした。そんな彼の悲痛な思いを私はよく知っていました。
 しかし彼は気持ちを切り替え、コーチとして選手を支えることでチームの信頼を得ました。そして重要な試合の前にはモチベーションスピーチで選手を盛り立て、ウプサラにNCAAのロッカールームの雰囲気を持ち込んでくれました。


 「このチャンスをつかもうじゃないか。2007年シーズンのスーパーボウルの試合前、誰もが無敗のペイトリオッツが勝つと予想していた。しかしジャイアンツは自分たちが勝つと信じ、そして勝った。俺たちも自分たちを信じよう。そして86ersの実力を存分に見せつけてやろうぜ。誰もがこの日が来るのをずっと待っていた。でも今日、俺はプレーすることができない。だから、俺のためにプレーしてほしい。そしてそこにいるコーチたちのために、シンジのために、自分以外の誰かのために最後までプレーをし続けられたら、勝利は俺たちのものだ。何かを成し遂げることは簡単なことではないが、試合後ここに戻ってみんなで勝利の喜びを分かち合おうじゃないか。さあ、歴史を作るぞ」


 脳しんとうのため準決勝後に引退した選手、チームOBでもある父親が亡くなりしばらく休養した後、準決勝から復帰した選手、この試合を足がかりにステップアップを目論む外国人選手、開幕直前に就任し、チームを決勝に導いたHC。それぞれの思いを抱えた選手やコーチが共通の目標、優勝をつかむためにそこにいました。


 試合前に降り出した雨は小降りになり、薄暗い通路から明るいフィールドへ選手が走り出しました。私とコーチも選手の後に続いてその「待ち望んでいた場所」に走っていきました。
 1912年のストックホルム五輪で使用されたレンガ造りのスタジアムには歴史の重み、重厚感があり、サイドラインに立つと自分がスウェーデンのスポーツ史の一ページに立ち会っているという実感が湧いてきました。
 国歌斉唱の後コイントス、そしていよいよキックオフです。


 試合開始直後からスウェーデン代表QBとWR、アメリカ人RBを擁する今季無敗のクルセダーズオフェンスが着実にボールを進め、二つのTDを決めました。86ersはセーフティーで得点を挙げただけで、17−2で前半が終了しました。


 控え室に戻った選手たちは意気消沈気味でした。オーストラリア代表QBジャレッド・ステグマンも静かに座っていましたが、彼の表情を見ると、まだ闘志は失っていないようでした。


 後半に入りさらに点差が広がりましたが、その重苦しい雰囲気を吹き飛ばしたのはこのステグマンでした。パスで前進して最後は彼が29ヤードを走りきってチーム初のTDを挙げました。


 彼はオーストラリア代表の正QBとして昨年の世界選手権アメリカ大会でプレーし、3勝1敗の結果を残しました。
 今季彼は、86ersの正QBとして全試合で先発しました。高校時代、ラグビーでフルバックとしてプレーしていた彼はランプレーに持ち味がありますが、アメリカ人、オーストラリア人WRへのパス攻撃でも得点を重ね、チームを19年ぶりの決勝に導きました。
 世界選手権を経て成長した彼は周囲の期待に応え、この大舞台でも持ち味を発揮しました。


 しかしながら点差は縮まらず、終了間際に86ersは三つ目のTDを決めたものの22―34で試合が終了しました。残念ながら完敗でした。


 表彰式が始まり、中央に両チームが整列しました。MVPの表彰の後、準優勝の86ersへのメダルの授与が始まりました。
 列の最後尾にいた私にも協会役員が銀メダルを首にかけてくれました。その後、選手やコーチとこれまでの健闘をたたえ合いました。1997年以来のファイナリストとして戦った経験は、チームと選手にとって今後の大きな財産となるでしょう。


 翌日、セーデルベリ86ers会長が、「決勝戦に進出できたことには満足している。しかしながら、勝てなかったのはやはりとても悔しい」というメッセージをチーム全員に送りました。


 決勝戦の数日後、ステグマンはオーストラリアに帰国しました。彼は今年の春にオーストラリアの新リーグ「NGL」のチームと契約していたものの、リーグ開幕が延期となり、以前所属していたクイーンズランド州リーグのチームに戻ることになりました。
 彼はそのチームでも活躍してリーグ決勝戦に進出、今年二つの国のリーグのファイナリストとなりましたが、残念ながらどちらも準優勝という結果になりました。
 彼によると来季は、ヨーロッパか日本でのプレーを希望しているとのことです。


 シニアリーグは閉幕しましたが、その直後からU―15、U―19のリーグ戦が開幕し、私は86ersの両カテゴリーのチームに帯同しました。また、秋に国際試合があり、スウェーデン代表の練習と試合にも帯同しました。


 つづく


山本慎治(やまもと・しんじ)プロフィル
日本、アメリカの病院の一般外科、臓器移植外科で勤務した後、2005年からスウェーデンに移住、現在はウプサラ大学病院移植外科に外科専門医として勤務。14年の第1回大学世界選手権の日本代表チームに帯同。その後、スウェーデンのアメフトトップリーグ「スーパーシリーズ」所属のクラブチーム 「Uppsala 86ers」のチームドクターを務めている。今年からスウェーデンアメフト協会のメディカルスタッフとして、各世代の男女スウェーデン代表チームに帯同している。

【写真】試合前のロッカールームでのダーウィンコーチのモチベーションスピーチ=撮影:山本慎治