「準決勝」

 9月になり、日本とアメリカのアメリカンフットボールのニュースから目が離せません。注目しているノジマ相模原ライズは、2試合続けて接戦を落としました。ライズを破ったオービック・シーガルズとLIXILディアーズの底力には感服しております。


 昨年のチャンピオン、パナソニック・インパルスからは2014年ウプサラでの大学世界選手権の日本代表QB石内卓也選手がデビューしました。彼の今後の活躍も楽しみです。
 また、春のパールボウルを制したIBMビッグブルーですが、開幕戦の強豪富士通戦で敗れました。大学世界選手権で知り合い、昨年の世界選手権アメリカ大会でも日本代表RBとして活躍した高木稜選手から、「今年はIBM史上最も日本一を狙える年だと思います。個人としてはビッグゲームで活躍し、勝利に貢献したいです」と決意のメッセージを受け取りました。彼とIBMの今後に注目しております。


 2016年スウェーデントップリーグの準決勝、オーレブロ・ブラックナイツと、私がチームドクターを務めるウプサラ86ersの試合がオーレブロで開催されました。


 この試合、第1QにブラックナイツのQBが膝を負傷し、以後プレーに精彩を欠きました。前半は双方決定力に欠け、6―6で終了。第3Qに3点を取られたものの、4Qに長いドライブからQBステグマン選手が自ら走り込んでTD。2ポイントコンバージョンが決まって9―14とこの試合初めてリードを奪いました。86ersはさらにTDを決めて、21―9で歓喜の勝利となりました。


 この試合で86ersの若いRBヨハネスが脳しんとうを起こしました。彼はウプサラでの大学世界選手権のスウェーデン代表になった優秀な選手ですが、過去数度の脳しんとうの既往歴があります。
 今季が始まる前、彼がWRとして練習をしているのを見て私は不思議に思ったのですが、それは本人が脳しんとうを恐れてポジション変更を訴えてのことだったと後に知りました。


 その後RBに戻り、チームの主力としてプレーオフ進出に貢献しました。この日の試合で彼は前半に複数のプレーヤーから同時にヘルメットでのタックルを頭部に受け、軽度の頭痛を訴えましたが、すぐに回復してプレーに戻りました。
 しかし、第3Qにもタックルを受けて倒れた時は立ち上がれず、私が彼の元に駆けつけて話しかけた時に彼の意識が消失しました。
 意識はすぐに回復してベンチに連れて戻ったものの、試合続行は不可。試合終了後彼はチームと離れ、スポーツディレクターの運転する車でウプサラに戻り、私の勤務する病院の救急外来を受診しました。その車に私も同乗しましたが、移動中特に問題はありませんでした。


 救急の待合室には連絡を受けた彼のご両親と彼女が駆けつけていました。ヨハネスの診察を待っている間、彼の父親から、「先生、今後の彼の選手としてのキャリアについて率直にどう思いますか?」と質問を受けました。
 私は「非常に残念ながら決勝戦への出場は認められません。そして、もしもう一度脳しんとうを起こした時の影響は正直計り知れません。これからの彼の長い人生を考えた時、これ以上プレーを続けるべきなのかどうか真剣に検討するべきでしょう」と答えました。この日父親は、86ersのマルティン・セーデルベリ会長とも電話で相談していました。


 救急外来病棟の診察エリアには付き添い人は入れないため、私は自分のオフィスに行き白衣に着替えて、医師として診察エリアに入りました。
 そして、救急担当の外科系の同僚にヨハネスの受傷状況を説明しました。その後、診察室の個室に入り、ベッドの上で天井を見上げていたヨハネスに「気分は悪くないか」と話しかけると、彼は「特に問題ない」と答えました。


 現在頭部CT検査の順番待ちの状況であると彼に知らせ、私は診察エリアから出て待合室のご家族のところに戻り、彼の現在の状況と検査について説明しました。
 長時間待合室でヨハネスの現在の状況がわからないまま待っていたご家族から、彼の情報を伝え、遅くまで付き添ったことへの感謝の言葉をいただき、日付が変わる少し前に私は病院を後にしました。


 翌日、SNS上の86ersのグループページに、昨日の試合を最後に現役引退する決意をした、という内容のヨハネスの書き込みが掲載されました。


 アメフトなどのコンタクトスポーツ選手の脳しんとう後の遺症は、最近注目を浴びている重要な問題です。
 私は2014年大学世界選手権、日本代表のチームドクター月村泰規先生から、脳しんとうへの適切な対応の重要性、特にセカンドインパクト症候群 (1回目の脳しんとう受傷後に頭痛やめまいなどの症状が残存していたり、脳機能が完全に回復していない状態で2回目の衝撃が脳に加わった場合、2回目の脳への衝撃が小さなものであったとしても、それをきっかけに致命的な脳損傷に至ること。http://www.concussion-network.com/脳震盪の病理学/長期的な障害/セカンドインパクト症候群/ から引用)についてのレクチャーを受けました。


 選手の全身状態の管理、整形外科的な問題への対応、そしてこの脳しんとうに迅速に対応するために、チームドクター、ゲームドクターはアメフトの試合会場にいると言ってもいいでしょう。
 ウプサラ86ersのもう一人のチームドクター、エバ・セーデルベリ医師からは、短期間での2回目の脳震盪の後、半年以上にわたって不調を訴えた選手が過去にいたという話も聞いていました。


 選手の安全確保のため、頭を上げて肩からのタックルの普及活動などが、現在世界中で進められています。
 一方、NFLの今季の開幕戦でもQBの頭部めがけてのヘルメットでの危険なタックルがあり、依然悪質なプレーをする選手も存在します。ヘルメットの機能の向上も含め、今後更なるアメフトでの頭部の保護対策が必要でしょう。


 私は、救急外来の待合室に座ってヨハネスの診察を待ちながら、日本で膝の手術後のリハビリと治療を懸命に行っているアサヒビール・シルバースターのDB大森優斗選手のことも考えていました。


 翌週の練習場にヨハネスは現れました。彼は選手やコーチに挨拶して、その後練習を見ていました。
 脳しんとうの症状のない彼は屈強な肉体を持った一人の若者であり、何かを持て余している感じでした。彼は私に、「シンジ、引退するという決断でよかったんだよね?」と尋ねてきました。その表情から、まだ彼の中に残る迷いを感じました。


 私は、「非常に難しかったと思う。しかし、賢明な決断だと思うよ」ときっぱり答えました。そして、ウプサラでの大学世界選手権で、彼らスウェーデン代表と戦った一人の日本代表選手が膝の手術を受け、引退を余儀なくされた経緯をヨハネスに話しました。その話を聞き、彼は言葉を失っていました。


 日本とスウェーデンの若く優秀な選手が、今年それぞれの理由で惜しまれながらヘルメットを脱ぐことになりました。


 ウプサラ86ersは19年ぶりにトップリーグ決勝に駒を進めました。リーグ戦開始直前のヘッドコーチ交代、チームの戦力が整わず2連敗スタートと4月の初めにはここまでこれるとは正直思っていませんでした。
 試合を重ねるごとに安定感を増したオーストラリア代表QBステグマン選手と強力な二人のインポートWRの得点力、そして去年から定評があったディフェンスが機能したことなどが躍進の理由として挙げられるでしょう。


 決勝の対戦相手はリーグ5連覇中、今季も無敗のカールスタッド・クルセダーズです。そして会場は、ストックホルムのオリンピックスタジアムです。


 つづく


山本慎治(やまもと・しんじ)プロフィル
 日本、アメリカの病院の一般外科、臓器移植外科で勤務した後、2005年からスウェーデンに移住、現在はウプサラ大学病院移植外科に外科専門医として勤務。14年の第1回大学世界選手権の日本代表チームに帯同。その後、スウェーデンのアメリカンフットボールトップリーグ「スーパーシリーズ」所属のクラブチーム 「Uppsala 86ers」のチームドクターを務めている。

【写真】2014年にウプサラで開催された大学世界選手権で日本代表のチームドクターを務めた筆者(左端)。中央は水野彌一監督=写真提供・山本慎治