「開幕直前の人事」


 新任アメリカ人ヘッドコーチ(HC)兼オフェンスコーディネーター(OC)とコーチ数人の新体制で、ウプサラ86ersの2016年シーズンがスタートしました。
 私は「自分ができることならどんなことでも協力するつもりだ」とHCに申し出たところ、練習のタイムキーパーとプレーのビデオ撮影を頼まれました。早速私は笛を買ってきて、練習メニューの切り替わりの時にその笛を吹いて選手に知らせました。また、プレー全体を映すため、高所作業機械を用いて高い所からビデオ撮影をしました。


 3月のスウェーデンの屋外は日中でも気温が零度近くまで下がることがあり、時折雪が舞いました。狭い足場で高所作業機械を自ら操作し、風で揺れる高所へ昇り、寒さと恐怖の中でビデオ撮影をしました。
 どんなことでも協力すると言った手前、やるしかありません。また、雪が舞うような環境での練習は選手にも危険が大きく、週末に行われた2日間のミニキャンプでは一人が骨折、一人が膝の靱帯損傷で戦列を離れました。
 その若い選手の靱帯損傷に至っては、雪の中での練習終了直前の最後のワンプレーでの負傷であり、非常に悔やまれてなりません。


 ところで、チーム内での練習予定などの情報交換、伝達はFacebookの「86ersシニアチーム」のグループで行われ、「86ersコーチ」のグループではコーチ同士の情報交換がされており、私は両方に参加しています。
 そのコーチのグループで、新HCが他のコーチに対して言い訳無用で非難する、といった高圧的な態度の書き込みをしたことがありました。


 去年までのアメリカ人HCはそのような態度はとりませんでした。スウェーデンの社会、文化では、上から規律を押し付けたり、公然と部下を非難したりするようなタイプの上司はスポーツのみならず、通常社会でもあまり歓迎されません。新HCのそういった姿勢は、私に不安を抱かせました。


 86ersの2016年のチーム構成には大きな変化がありました。攻撃の要QBですが、去年のアメリカ人正QBは退団し、控えだったオーストラリア代表QBジャレッド・ステグマンが正QBに昇格しました。
 そして、86ersのU―19チームのスウェーデン人QBが控えになりました。ちなみに86ersは私が帯同しているこの3年間毎年HCと正QBが代わっています。


 また、スウェーデン代表クラスの選手二人がフィンランドのトップリーグに移籍し、去年のエースWRのセルビア人選手はトルコリーグのチームと契約してチームを去りました。
 結局、複数の主力選手を含めた20人近くが退団し、下部組織から昇格した選手らを合わせた30数人がチームと契約しました。
 練習に参加する選手数も少なく、去年と比較しての選手層の薄さ、特にオフェンスチームの戦力低下が私の目からも明らかでした。インポート選手(外国人選手)も3月半ばに到着したばかりで、どの程度の戦力の上乗せになるのかは不明でした。


 そのようなチームの状況で開幕が近づいてきた4月初旬、所用で日本に滞在中の私に、アメリカ人HCから「チームを去ることにした」という予期せぬメッセージが届きました。
 リーグでの初戦を1週間後に控えた時期です。チームもホームページ上でHCの交代人事を発表しました。「アメリカ人HCに、OCとしてオフェンスの指導に専念してほしいとチームが要請したところ、彼は拒否して自ら退団を申し出たそうです。


 新しいHCとして、ディフェンスコーディネーター(DC)のモーが昇格し、「昨年引退した新ディフェンスラインコーチのヘンリク・グリーンがアシスタントHCとしてモーを補助するという新体制になった」という発表内容でした。
 モーとグリーンは引き続きディフェンスのコーチも務めます。今回の人事に不満があってか、もう一人のアメリカ人RBコーチがチームを離れました。また、OCはQBコーチが兼任となりました。


 私は歳も近く、気軽に話ができる新アシスタントHCのグリーンに日本からメッセージを送り今回の真相を尋ねました。内密にということで、チームの現在の危機的な状況と今回の人事の意義についての詳細な説明をしてもらいました。
 また、スウェーデンに戻ってから、チームのスポーツディレクターと会長にも話を聞きました。彼らの話をまとめると、アメリカ人HCは経験豊富なOCだったが、全てを統括するHCとしては機能しなかったそうです。


 さらに、他のコーチ陣や選手とのコミュニケーションも不得手で、開幕直前になってもチーム状態が低調なままで選手の士気も下がる一方だった。我々が今年の優勝を目指すためには、この方法しかなかった、ということでした。


 経験豊富な海外のコーチを招聘する時、基本的には書類上の実績だけでしか判断できないというリスクがあります。すなわち、指導者としてチームや国民性にフィットするかどうかは、実際来てやってみないとわかりません。
 ちなみにスウェーデンのトップリーグの他の複数のチームも、アメリカ人HCやアメリカ人コーチが指揮、指導しています。
 アメリカンフットボール先進国での実績があるコーチの指導を仰ぐのはもちろん意味がありますが、それと同時にやはり自国内での選手のみならず指導者、審判の育成がリーグの長期的な展望での発展には欠かせないでしょう。


 新HCのモーは30代の若さと熱い情熱を持っており、就任祝いの言葉をかけた時に、「ついに俺にチャンスが回ってきた」と笑いながら答えました。彼は、「俺は勝つために全力を尽くし、そして優勝する」と今季の目標を掲げました。


 結局、カナダに戻ったアメリカ人HCとは直接会って別れのあいさつをすることはできませんでしたが、その後もメッセージでの交流が続きました。
 リーグ戦開幕は目前です。


山本慎治(やまもと・しんじ)プロフィル
 日本、アメリカの病院の一般外科、臓器移植外科で勤務した後、2005年からスウェーデンに移住、現在はウプサラ大学病院移植外科に外科専門医として勤務。14年の第1回アメリカンフットボール世界大学選手権の日本代表チームに帯同。その後、スウェーデンのアメリカンフットボールトップリーグ「スーパーシリーズ」所属のクラブチーム 「Uppsala 86ers」のチームドクターを務めている。

【写真】雪の中での練習風景=撮影:山本慎治