【キッカーを取り巻く状況化】
 ここでは、キッカーのメンタル面について簡単に触れたい。キッカーには見えるプレッシャーと見えないプレッシャーがある。つまり内的なさまざまな思いと試合環境の両者が襲い掛かってくる。大きくは以下の三つの環境要因が考えられる。
①自然環境:天候(雨、気温、風、日差しなど)
②試合環境:ボールポジション(距離、角度、時間)、会場、グラウンド、観客、ボールなど
③人的環境:自チーム、味方 スナップ(C)、ホールダー、ブロック、敵チームのラッシュ、威嚇


 これらは時には味方につき、また時には阻害要因となる。しかし、それらはキッカーにとっては全く関係ないとする。
 キッカーはこれらの環境を気にしていたら務まらないポジションなのである。キッカーの仕事とはこれらの環境の中で、逆にこれらの環境と要因を取り除き、「センターがスナップし、ホールダーが置こうするボールをゴールポストの方向にただ真っ直ぐ蹴る」だけである。その場所も環境もキッカー自ら選ぶことはできない(PATのポジション以外)。


 神から与えられた環境下でキックする。結果については「神」も「本人」も蹴った瞬間に知ることになる。それまではイメージのみを繰り返すだけだ。


 コーチからキックを選択された瞬間から蹴るまでは常にいつも通り、つまり成功の運動動作を繰り返すし、実際のフィールド上に置かれたボールをキックする。その一連の動作がルーティンと言われるものであろう。


 ここでルーティンについて簡単に触れたい。ラグビーワールドカップの日本代表・五郎丸歩選手の活躍ですっかり話題になったルーティン。わが国のメディアはこのルーティンを目的のように取り上げる。その内容はいかがなものかと思う。
 これもわが国特有のスポーツジャーナリズムであろう。ルーティンとは目的ではなく手段であるが、筆者の場合もその報道を見て「そういえばあったかも」という程度の話である。


 筆者の場合は、フィールド上で①グラウンドの矯正と真っ直ぐ蹴るイメージを固めながら4歩で蹴る1歩目のポジションを確定する②そこからポイントに置かれるだろうボールを想定しエアーでキックする(いわゆる素振り)③1歩目のポジションに戻り足首を伸ばす④両手を使って軽く深呼吸してポイントを見つめる。その他の環境は全く視界には入れない、というより入らない。つまり全く気にしないのである。
 今思えばこれがルーティンなのかもしれないが、この一連の動作を意識したことは全くない。私だけの世界だ。


 フットボールの場合は、時間内にプレーしなければディレイ・オブ・ザ・ゲームという反則となりボールの位置が罰退されてゴールポストまでの距離が更に遠のく。
 先般のラグビーワールドカップで活躍したキッカーのコントロールは素晴らしいと素直に思う。しかしながら、かなりの時間を要してのキックは、試合運びという点でどうなのかと疑問を感じざるを得ない。


 極端な話、相手チームからしてみれば遅延行為ではと思ってしまうのは私だけであろうか。当然のことながら試合時計が動いている中で相手チームの心境とファンの心境はいかがなものか。
 見えるプレッシャーもなくキックティーの上に置かれたフットボールより一回り大きなボールは個人的には蹴りやすそうに感じてしまう。


【キッキングコンバイン】
 昨年2月、アメリカでスペシャリストキャンプに立ち会ことができた。アリゾナ州フェニックスにあるグランドキャニオン大学スポーツマネジメント講義に参加していた時だ。
 同大学のグラウンドでひたすらパントを蹴っている一人の青年を見かけた。週末に開催されるこのキャンプに参加するためにわざわざインディアナ州から来たという。


 一人でボールを蹴るのはなかなか辛いものがある。蹴ったボールをまた取りに行かなくてはならない。キッカーとパンターにとって練習ではリターナーは本当に有難い。そう思い何気なく声をかけるとぜひ手伝ってほしいという。パペル君というNFLを目指す青年だった。


 そのスペシャリストキャンプ「KOHL’S  Professional Camp」がアリゾナ州立大学フットボールプラクティスフィールドで2日間にわたって開催された。(写真1) 
 パペル君を含め集まったスペシャリストたちは約80人。(写真2) 日本からも二人のキッカーが参加した。


 この日の参加者のパフォーマンスはVTRに収められ、その結果と各情報とともにNFLのチームに提供されるという。
 NFLのチームへのアピールの一つの機会となるこのようなキャンプは、全米各地でポジションごとに行われている。


 まずは全体でのストレッチの後、早速キッカー、パンター、センターに分かれてウォーミングアップを兼ねてボールを蹴り始める。
 その距離と滞空時間は本当にすごい。そしてまずはキッカーが集められた。各キッカーたちはボールオン20ヤード×右、左、中央、25ヤード×同、30ヤード×同、35ヤード×同、40ヤード×同のコーチが指定した各ポジションから次々とフィールドゴールをトライする。


 各ボールポジションの右、左、中央の各1本のトライとなり3本全て成功しないと次のヤードに進むことができない。(写真3) 
 それなりの実力者が集まるこのキャンプではファンダメンタルの指導は一切なく、ゴールの成功のみが評価される。


 最終的に一人、つまりミスしなかったキッカーを確定するまで蹴り続ける。ボールオンも全てコーチが決める。
 指示されたボールオンからゴール成功のみが求められる。ラグビーで話題のルーティンなどする時間もない。しかしこれがキッカーに課せられた仕事なのである。


 ゴールを成功して当たり前のポジション。成功しなければキッカーではないのだ。このようなトライアルが2日間続く。ここでのアピールもさることながら、見えないプレッシャーとの戦いが続くのだろうか。
 筆者はこのようなキャンプは日本でも必要であると考えている。機会があればぜひ、この夏にでも高校生を対象にしたキャンプを開催したいと思う。


 もちろんファンダメンタルも指導する。冒頭に述べた通りわが国には多くのサッカー少年たちがいる。そこから筆者のようにフットボールに転向する選手も多くいるはずだ。
 ポテンシャルを秘めた選手を開花させるのはコーチ役割でもある。しかし、わが国の高校でこの楕円形のボールの蹴り方を専門的に教えられるコーチの数はそう多くないだろう。
 このようなスペシャリストキャンプが求められよう。キッキングのレベル向上はわが国フットボール全体のレベル向上にも繋がるはずだ。


【責任の全う】
 「KOHL’S  Professional Camp」の項では、見えないプレッシャーとの戦いと述べた。それはわが国独特の考え方なのかもしれない。
 確かにキッカーはメディアから「このプレッシャーの中で…」というお決まりのフレーズをよく聞く。果たしてそのプレッシャーとは。


 プレッシャーとは「圧力や精神的重圧」を意味する。フットボールでの「圧力」とは相手ディフェンスから生じるもので、「精神的重圧」とは前者と現状の環境と状況などが重なり圧力を加えたものなのだろうか。
 キッカーとはそのプレッシャーの中でプレーする。しかし実際にそうだろか。「KOHL’S  Professional Camp」からはそうは感じない。


 私の授業やゼミでは「スポーツイベント」とは「俗からの脱出」と定義する。そもそもその考え方は筆者が修了した筑波大学大学院スポーツ健康システムマネジメント領域の菊幸一教授によるものだ。
 スポーツの語源はラテン語のDeportare(デポルターレ)で「人間の必要で不可欠な真面目な事柄から一時的に離れる」の意である。


 すなわち「気晴らしする」「遊ぶ」「楽しむ」などを意味する。つまり現実=俗の世界から自ら離れ「遊び」「楽しむ」のがスポーツなのだ。
 楽しみ極めることで「神」として祭られ「聖」の世界へ。つまりキッカーがおかれた環境とは、スポーツイベントそのものなのである。


 キッカーにおける「俗」の世界とは、記述したプレッシャーと言われる二つの要因だ。その現状からどのように脱出して「遊」から「聖」の世界に入り込むか。この人間的進化がキッカーには重要なのだ。


 では、その方法とは何か。私生活の中で責任ある行動をとることである。一日24時間の生活の中、今おかれた立場で何が最善なのか。それを全うすること、つまり責任を全うすること。さらにはそれを普通に行い習慣づけることだ。


 このコラムの読者は、あらためて今日一日を振り返ってみてほしい。例えば学生を対象に考えてみよう。
 いつもの時間通り起床してしっかり朝食を取ったか。授業を時間通り受講し、しっかり内容を理解したか。勉強したか。しっかり昼食を取ったか。練習前のミーティングは、練習は、ストレッチは。夕食はしっかり取ったか。リポート課題に取り組んだかなどなど。全て学生の責任である。


 キッカーとは「ポイントに置かれるであろう楕円形ボールをゴールポストの方向に真っ直ぐ蹴ること」で、ボールをゴールポストの間を通過させる「責任」がある。
 それを成功することが当たり前のポジションがキッカーなのである。その訓練は単なるフィールド上でのキック練習では補うことはできない。


 私の場合は練習前後合わせて約2時間以上をキックの練習に充てた。しかし、それだけでは精神面は養うことができない。
 24時間のなかで自身の責任を全うするケースは秒単位に訪れる。学生として社会人として大人として、それをプレッシャーと思わず責任として全うし、普通にできるかどうか。それがキッカーとして、いやスポーツ選手として重要なことなのである。


 フットボールに限らず、スポーツの練習とはグランド上だけの問題ではなく私生活そのものである。その習慣がわが国の学校内での普通に見られることができれば、日本人初のNFL選手の誕生も期待できよう。(FG日本記録保持者、帝京大学経済学部経営学科スポーツ経営コース准教授・川上祐司)

【写真】昨年2月にアリゾナ州フェニックスで開催されたスペシャリストキャンプ「KOHL’S  Professional Camp」