「スウェーデンのアメリカンフットボールとの出会い」


 日本人にとってスウェーデンといえば、白夜にオーロラ、安全性が売りの自動車ボルボ、そして世界的家具会社IKEA、ノーベル賞などが思い浮かぶでしょう。
 スポーツでは、古くはテニスの世界チャンピオン、ビヨルン・ボルグ、最近ではサッカーのズラタン・イブラヒモビッチが有名です。


 そんなスウェーデンにもアメリカンフットボールの国内リーグがあり、優勝を目指して各チームがトレーニングに励んでおります。今回はそのスウェーデンのアメリカンフットボール事情について、数回に分けてご報告させていただきます。


 私とスウェーデンのアメリカンフットボールとの関わりは、去年、私の在住しているウプサラで第1回アメリカンフットボール世界大学選手権が開催されたところから始まります。
 ウプサラは、首都ストックホルムから60キロ北に位置する、スウェーデンの古い都、学園都市です。U―23のスウェーデン、フィンランド、中国、メキシコ、そして日本代表が総当りの試合を行い、水野彌一監督率いる日本代表は惜しくもメキシコに敗れ、3勝1敗で2位となりました。


 スウェーデンは2勝2敗の3位でした。この大会で、ご縁があり、日本代表チームに医療スタッフ並びに医療コーディネーター、通訳として帯同しました。そして、今年ストックホルムで開催予定であった第5回世界選手権でも代表のお手伝いをする予定でした。
 そのため、さらなる経験を積むべく、大会終了後、ウプサラを本拠地とするクラブチーム。Uppsala 86ersのオーナー、マルティン・セーデルベリ氏にお願いして、チームへ帯同することとなりました。セーデルベリ氏は大学選手権大会の責任者でもあり、大会中に何度かコンタクトをとっておりました。


 スウェーデンのアメリカンフットボールナショナルチームは、1999年の第1回ワールドカップ (現世界選手権)で3位になっています。日本とも対戦し、結果は日本が24―14で勝っています。
 2005年のヨーロッパ選手権では優勝。07年の日本での第3回世界選手権では、日本に0―48で敗れ、3位決定戦でドイツに敗れ4位でした。


 また、去年の大学選手権では日本に0―57で敗戦しております。スウェーデンは今年開催予定の第5回世界選手権の開催国となる予定でしたが、去年の12月に経済的なな問題で開催権を返上しました。
 スウェーデン代表は去年のヨーロッパ選手権で3位以内に入っていなかったので、アメリカで開催されることになった大会には不参加となりました。


 世界選手権がストックホルムで開催されなくなったため、私が日本代表に帯同する話も消滅したのですが、86ersのシーズン優勝にむけてお手伝いする方向へと気持ちを切り替えました。


 スウェーデンのアメフト事情ですが、日本のように、高校や大学の部活としてプレーするのではなく、住んでいる地域のアメフトのクラブチームに参加してプレーするという形式となります。企業の社会人チームも存在しません。


 スウェーデンのアメリカンフットボール協会(SAFF)は、1984年に設立されました。協会のサイトによりますと、アメフトは1970年代にスウェーデンに留学生などによって伝えられました。
 82年にストックホルム郊外で最初のチームが結成され、86年には協会公認の初の優勝戦が開催されました。なお、スウェーデンのトップリーグ「スーパーシリーズ」は91年からスタートしています。


 スーパーシリーズには9チームが参加していて、下部リーグの「スーパー1」には4チーム、さらに下部リーグの地域リーグは北部、西部、南部リーグ合わせて17チームが参加しています。
 スーパーシリーズは9チームが1カンファレンス3チームの三つのカンファレンスに分かれています。試合数は、他の8チームと総当り、そして同じカンファレンスの2チームとはホームとアウェーで戦うので、計10試合となります。そして、その結果の上位4チームがプレーオフのトーナメントで優勝をめざします。


 Uppsala 86ersは1986年に創立されたクラブチームです。91年と92年にスーパーシリーズのチャンピオンになっておりますが、それ以降は優勝から遠ざかりっております。01年からは下部リーグに所属、スーパーシリーズに戻ってきたのは12年でした。
 13年にはシーズン8勝2敗でセミファイナルに進出しています。組織はU―13、U―15、U―17、U―19、そしてトップチームで構成されています。女子チームもありますが、慢性的にプレーヤーが不足しております。


 私がチームに参加した初年度の14年の結果は5勝5敗の5位で、残念ながらプレーオフに進出はなりませんでした。
 そして、15年は大きな変革がありました。
(つづく)


山本慎治(やまもと・しんじ)プロフィル
 1969年生まれ。外科医。日本、アメリカの施設で腹部一般外科、臓器移植外科で勤務した後、2005年からスウェーデンに移住、現在はウプサラ大学病院移植外科に外科専門医として勤務。14年の第1回アメリカンフットボール世界大学選手権の日本代表チームに帯同。その後、スウェーデンのアメリカンフットボールトップリーグ「スーパーシリーズ」所属のクラブチーム 「Uppsala 86ers」のチームドクターを務めている。

【写真】昨年スウェーデンで開催された世界大学選手権で選手に訓示する水野彌一・大学日本代表監督=写真提供・山本慎治さん