以下は2014年に出版された電子書籍「水野彌一語録」に収録された、富士通ヘッドコーチ・藤田智氏が水野彌一氏について記した文章です。


 【感謝】
 京大でも日本一になれるスポーツがあると、同じ高校のアメフト部キャプテンであった親友から聞き、門をたたいてから選手として4年間、5回生・専任コーチとしてトータル12年。計16年間、水野さんの間近でいろいろ学ばせていただきました。
 コーチになった当初の4、5年は水野さんが経営される塾の一番上の部屋に住まわせていただき、夕食をごちそうになりながらコーチ業を学び試行錯誤に勤しむ日々でした。水野さんご夫婦には何から何までお世話になり、本当に感謝あるのみです。


 【逸話、酒席の話題】
 水野さんの「逸話」ということであれば「甲子園ボウル合宿、積雪の丹波グラウンドをドリフトするマークⅡ」や「農学部グラウンド、アカシヤ伐採計画」と酒席には必須の内輪受け話もあるのですが、「言葉」となるとさらに多すぎて選ぶのは非常に難しく感じています。


 【作業手伝い中の貴重な話】
 オフシーズンや練習休みの日に突然連絡があり、水野さんの工作の手伝いをすることがよくありました。練習の道具やクラブハウスの棚などの必要となるものをご自身で作られるのを補助する作業です。
 その補助を通じていろいろなモノづくりの技術の基礎を学ぶという特典もあるのですが、それ以上に、後々ためになるのは作業中に聞くいろいろな話です。
 ちょっとした雑談のような感じで話されることの中には貴重な経験、物を見る目、考え方に関するエッセンスが詰まっていました。そこで聞く話はミーティングやかしこまった場で聞く話とは違いストンと体に入ってくることが多かったような気がします。


 【一生懸命?】
 ある時「藤田、コーチが一生懸命やるだけではあかんで、選手が一生懸命になれるようにせな。やるのは選手やで」と言われました。勿論その時には何を意味するのか深くは分からないわけですが、耳には残ります。「なんでコーチが一生懸命やるのはあかんのか?」と思ったりいろいろ考えます。
 この様な示唆に富んだ「言葉」は、その「言葉」を思い出した時の自身の置かれた状況によっていろんな答えを与えてくれます。
 当時駆け出しで、フットボールの勉強を始めた私に対する戒めの言葉であったのかなあと今では思っています。作戦、戦術、テクニック。学べば学ぶほどすぐに実践してみたくなるし、面白いしのめり込んで行き周りが見えなくなりがちなのを、「選手はどうなんだ? やるのは選手やで」と確認させてくれる「言葉」であるように感じています。


 【QBはササッとパッ】
 これはQB技術指導の一コマ。「QBはササッとさがってパッと投げろ」と。現役時分も言われましたし、コーチ時代も水野さんがQBを指導する時に良く聞いた「言葉」です。
 随分原始的な指導だなと思われる方もおられるかもしれません。そういう私も当初そう感じていました。
 当時アメリカから入手した指導書やVTR(ビデオの時代なので)では「踏込は〇〇インチ、体をローテ―として云々」と、実に的確にこまごまとした指摘がなされているのを勉強していた私はどうなんだ? と思っていました。
 その後自分でQBを指導する立場になり、いろいろと経験した結果、この「言葉」は実に言い得て妙。一つずつの動作を分解して教えると一つずつに注意が行きすぎて結果として全体がバラバラ、バランスの悪い動きになってしまうことが多々あります。
 水野さんの言われるようなざっくりとした全体の流れをイメージできる「言葉」というのはポイントを押さえているなと後々感じることが多く、今でも使わせていただいています。
 感覚、感性に訴えるような「音のような言葉」がいいのかもしれません。とはいえ、ちゃんと論理的に説明もされます、水野さんも。


 【本質・本質・本質】
 「言葉面ばかり聞くな」「お前は木を見て森を見ずや」「重箱の隅ばかりつつくな」。いろんな言葉を通じて、水野さんに教えていただいたのは「本質をとらえる」ということです。水野さんは「本質」をパッととらえることの優れた方でメンバーにもそれを求めます。
 「本質」を突く質問には、ああだこうだと自分の考えを正当化させるために言葉を選び応戦している私は言葉に詰まってしまいます。ぐうの音も出ません。
 このような時はこちらも「本質」で立ち向かうしかないのだと観念させられた記憶も多くあります。このように人の気持ちの「本質」「本音」もズバリなので、対面して話す時は見透かされている気がして「怖い」と感じる時もしばしばです。今でもテレビ画面で水野さんの「目」はなかなか見られません。


 【生きている「言葉」】
 他にもいっぱいあるのですが、水野さんの「言葉」は私の中でいまでも「生きて」います。今でも思い出して手に汗することもありますし、「クソー」と大声で叫びたくなる心境に戻ることもあります。
 「藤田よ、選手には今分からんことでも言っとかなあかんこともあるぞ」「今分からんでええねん。その時になって分かればええ」と。まさにおっしゃる通り、いや今でも「分からへん」こともたくさんありますが。(富士通フロンティアーズ・ヘッドコーチ藤田 智)

【写真】昨季日本一を達成した富士通の藤田智HC=撮影:Yosei Kozano