見たままを書く。感じたままを述べる。スポーツ記者の基本である。略歴で正直に申し上げている通り、私は関西学院で高校、大学とプレーした一人のOBである。だから、この甲子園ボウルという催しには、人一倍関心があり、思い入れが強い。


 その男が甲子園ボウルの観戦記を書く。日大時代名DBだった「TURNOVER」編集長が、甲子園球場の食堂で私の顔を見るなり「はい、捕まえた」という表情になった。
 仕方あるまい。長年の付き合いもある。「感じたまましか書けないけど」と逃げを打ったが、そのようなものは通用しない。「番外編でお願いします」と一瞬で話がついた。


 実は勝負を分けるポイントが見当たらなくて、少し困っていた。前夜、畏友木谷直行さんと例年通り飯を食い、同級生が年々減っていくことを、ライバル校の仲間もなかなかフィールドには顔を出さなくなってきたことなどを、とりとめもなくボヤキ合った。


 私たちの同期で、日大で主将を務めていた方が栗原満義さん、関学で主将だった木谷さんとしては気になるようだ。「どうしているの?」などとしきりに聞かれる。1年下だが、日大アンバランスTの初代QBを務め、恐ろしくタックルしにくいリズムを持った走りをする須山匡さんがこの秋、スタンドに姿を見せた話とか、ポツリポツリと雑談が続いた。


 「で、君は今年はどう思うの?」。本題は、二人で話し合っている本筋はこれしかないのに、随分と回り道するあたりが、老人の昔の仲間の会話でもある。
 私の答えは短かった。「うちが、勝つやろ」。木谷さんは「うん」とうなずき、それ以上の詮索はしなかった。


 話は立命と法政の試合に飛び、「(関学は)あの立命によう勝ったなあ」とワンサイドゲームに花を咲かせたが、この時点では翌日がそうなるだろうとは、口にはしなかった。ただ、関学と立命の試合とその結果。日大と法政の3点差の勝負。
 そして東京ボウルの結果。この3点を比較すると、関学不利の答えはどこからも出てこなかったので、この場ではこうした返答になったのである。


 相変わらず緊張感はあるものの、フィールドに散る選手たちを記者席から見ていたら、今回はその緊張感が時間とともに薄らいでいくのに気が付いた。
 感じたままを書いている。結果論めくが、ほかの表現をするとウソになりかねない。審判員の声が自信たっぷりに聞こえたなどと言えば、これは間違いなく言い過ぎである。


 「関学、前半、レシーブ」。こじつけであることは百も承知。主審の言葉が、チームと関係しているわけはないのだが、関学は最初のドライブで点を取るんだ。私にはそのように聞こえた。立命戦の時以上の確信が感じられた。


 日大のトリッキーなキックに惑わされてか、田中雄大がポロッとやって、例の怒涛のリターンとはならなかったが、これもご愛嬌。関学は自陣19ヤードから、10プレーでTDを挙げた。
 つい3週間前の最初のドライブを拡大版で見ているような気がした。鮮やかだった。全部書く。これにこの試合の要素がほとんど詰まっていたと言ってよい。


 第1プレーでQB斎藤圭がWR木下豪大へパスを決める。18ヤードの獲得だった。続いて斎藤は自ら走って見せて9ヤード。残った1ヤードは橋本誠司が突進して二つ目のダウン更新。球はもう50ヤード線寸前だ。
 斎藤のパスが今度は木戸崇斗へ。日大DBはこの2本のパスに対して、手をこまねいていたわけではない。きちんとマークはしていた。リーグ戦ではこれで十分だった。ディフェンダーを気にする相手のレシーバーは、球を取り落とすのが普通だった。競り合ったときは、日大DBの方が強かった。


 しかし、マークはしていたものの、それ以上の効果を上げることはできなかった。結果がすべてを示す。あからさまに言う。レベルが違った。木戸は26ヤードを稼いで日大陣深く球を進めた。


 ここまではパスとランを組み合わせた、いかにもいつもの関学らしい攻撃だった。ところがゴールまで26ヤードに迫った関学は、がらりと組み立てを変えた。
 RB鷺野聡が満を持して登場した。8ヤードを進む。次いでRB飯田裕貴が難なくファーストダウンを取った。日大14ヤード地点でまた鷺野が突進。2ヤードに終わったあと、斎藤が5ヤード進めて、橋本に順番を渡す。
 6ヤード稼いで1ヤードが残り、一気にTDとはならなかったが4分8秒、橋本は次のプレーできっちり仕上げのTDを決めた。三輪隼也が1点を追加する。


 関学がこれほど長い距離、81ヤードという距離を見事にドライブして見せたことに、古いOBは感心していた。3週ほど前の立命戦の最初のドライブは短かった。それでも貴重な先取点ということで、拍手を送った。
 今度は長い。しかもその前半と後半をがらりと変えた攻撃での先取点。これは何だ。私の知る関学はもっと並みだった。それが、はるかにたくましく堂々と成長していた。とりわけラン、ラン、ランとランの重ね撃ちには舌を巻いた。こんなことができるチームに、いつの間に変貌していたのか。驚きのほかない。


 そう、関学はこの日の全得点をランプレーを基調にした攻撃から挙げた。タッチダウンは全部で七つ。すべてランである。橋本が3本、鷺野が3本、QB伊豆充浩が1本。FG2本もランの積み重ねから三輪が決めた。
 攻撃ラインが相手を圧倒できたからにほかならない。特に最後のTD、日大陣31ヤードからの攻撃で、伊豆は5プレー立て続けに球を持って、TDをものにした。その強気も強いラインあってのことだろう。


 関学は54回のランで319ヤードをマークした。平均5・9ヤードである。日大のランはわずか60ヤードに終わった。守備力もまた決定的に違っていた。この数字がすべてだろう。


 ターンオーバーは関学がパスを3本奪い、ファンブルを二つ押さえて、5度も攻撃権を手に入れているのに対し、日大は0だった。攻守ともにラインの力が上回るゲームを見ているのは、OBとして実に気が楽だった。満足感と安心感を同時に味わいながら、私は過去の甲子園ボウルでこのような関学の試合があっただろうかと、そのサンプルを見つけるのに一生懸命だった。


 古い思い出をひも解いてみる。私は第4回大会で関学が慶大を25―7で破って初優勝したときからずっと甲子園ボウルを観戦してきた。
 山形支局時代、昭和天皇のご病気で支局に足止めされていた時期をのぞいて、皆勤である。関大OBの羽間平安さんや関学OBの古川明さんは、第1回からの甲子園ボウルを見ておられるが、それには及ばずとも、新聞記者なら私が回数ではトップだろう。


 その私がどうしてもこの日のような関学を見た記憶がなかったのである。あえて言えば1970年代半ば、RB谷口義弘君、村田安弘君らの5連覇時代かとも思うが、毎日新聞の甲子園ボウル50年史などを見るとパスの威力が必ず出てくるので、どうも今年とは違うようだ。


 ひょっとしたら私たちが4年生の第11回大会、日大との顔合わせが似ているかな、とも思った。無論QB鈴木智之から両エンドの西村一朗、宝来保次郎へのパスの力は群を抜いていた時代である。


 だが、この年の甲子園はFB芳村昌悦、HB山田昇、QB鈴木、RB芳村の順に、すべてランプレーでTDを奪った。最後は2軍が登場して、QB東山修がRB中島能也と豊田敏欲の二人を交互に走らせたロングドライブが記憶に残る。
 とどめは中島。ライン中央をスパッと抜いて、5本目のTDを挙げた。守備は完封である。59年も昔のこんな記憶がよみがえった。このドライブは私がセンターをしていた時のものだから間違いようがない。(丹生恭治・関学大OB、元共同通信社記者)

【写真】第3クオーター、突進する関学大・QB斎藤=14日、甲子園