それは今まで見たことのない、衝撃的な光景だった。アメリカンフットボールの奥深さをあらためて実感するとともに、創意工夫と事前の準備で勝利をつかみ取るという、この競技の醍醐味を堪能した。


 11月2日に駒沢第二球技場で行われた関東高校大会の準々決勝。第1試合では早大学院高(東京3位)が慶応高(神奈川1位)を接戦の末に破り、準決勝進出を決めた。
 熱戦の余韻が冷めやらぬ中行われた駒場学園高(東京2位)と清水国際高(静岡1位)の一戦。清水国際のオフェンスになると会場が大きくどよめいた。


 観客の視線を独り占めにしていたのは、WRのポジションにセットした一人の大柄な選手だった。通常、WRはQBが投げるパスをキャッチするのが主な仕事なので、足が速く俊敏な選手が多い。
 だが、その選手はどう見ても体重が100キロ以上はありそうな、ラインマンの体格だ。注目の選手は、清水国際のOL坪井友樹。彼の活躍で、清水国際は強豪の駒場学園に22―10で完勝した。


 会心の勝利からさかのぼること5カ月、坪井は泣いていた。5月31日に行われた春の関東大会の初戦で、清水国際は早大学院に20―38で敗れた。
 オフェンスは健闘したが、かつて高校、大学と早稲田で活躍した名RB末吉智一の再来と言われる早大学院の重量RB片岡遼也のランに対して、ディフェンスが持ちこたえられなかった。


 この試合でOLとしてプレーしていた坪井は、味方の守備がやられる様子をサイドラインでじっと見ていた。後半、耐えきれなくなった坪井は「DLでも出場させてほしい」と上松明監督に直訴する。
 わずかに出場機会を与えられたが、既に試合の大勢は決していた。「自分が最初からDLでもプレーできていれば、負けなかった」。坪井の中に大きな悔いが残った。


 一般的に攻撃と守備を分業制でプレーするアメリカンフットボールだが、高校生のレベルでは、両方で出場するケースが二つある。一つは部員数が少ないチームが、仕方なく攻守兼任での出場を余儀なくされる場合。もう一つは、飛び抜けた力を持った選手がいて、両方でプレーさせるというケースだ。


 坪井の場合は後者だ。コーチとしてはできれば攻守両方でプレーさせたいが、彼にはその体力がなかった。上松監督の評価は「春までは、持って生まれた体の大きさと才能だけでプレーしていた選手」と厳しかった。


 上松監督は選手と決めた約束を守り、決して妥協を許さない指導者だ。その姿勢の一端がこの日のスコアにも表れている。
 清水国際が奪った得点は、3本のTDで合計22点。内訳は8点、6点、8点だ。1点を得られるTD後のキックを蹴っていない。敵陣でも3点を獲得できるFGを一切蹴らず、第4ダウンのギャンブルとプレーによる2点コンバージョンに全てをかけて戦う。


 理由はシンプルだ。「中途半端なキックしか蹴ることができないのであれば、一切蹴らない。キックの練習もしない」。そんな監督が、1試合で攻守両方でプレーする体力がない坪井に、中途半端なディフェンスでの出場を許すはずがなかった。


 春の関東大会終了後、末期のがんと闘う上松監督は、入院生活のため夏の練習にほとんど参加することができなかった。しかし、日々の練習をビデオでチェックして、選手たちに課題とそれをクリアするためのヒントを授けていた。
 増田哲弥主将(LB)は「先生に与えてもらった課題をクリアしていくことで、僕らは強くなれた」と、チームが大きな成長を遂げた夏の練習を振り返った。


 坪井の課題は明確だった。OLとDLで1試合フル出場できる体力をつけること。「ここでやらなきゃ男じゃない」と、才能だけでやってきたチーム一の力持ちが、初めて本気になった。
 大嫌いだった走り込みを夏場に重ねて、125キロあった体重を112キロまで絞った。秋の静岡県予選を控え、上松監督が練習に戻った時、坪井は見違えるほど成長していた。


 攻守両方でのプレーを許可された坪井だが、静岡で優勝して関東大会出場を決めると、さらに上松監督からあるミッションを与えられた。それはOLの坪井がWRのポジションからモーションして、相手ディフェンスを激しいブロックで攻略するという秘策だった。


 坪井は「ライン以外のポジションを一度でいいからやってみたい」という気持ちをずっと持っていたという。しかし、その気持ちを監督に告げることはなかった。だが、まるでそれを見透かされたように新たなポジションでの大役が回ってきた。


 「先生が自分を信じて、大事な役割を任せてくれた。信頼されてうれしかった」と坪井は言う。WRと言ってもボールを持つことは決してないが、初めてのポジションで責任重大のブロックを練習するのが楽しかった。
 駒場学園戦の前日まで、毎日110回のブロック練習を重ねて、東京に乗り込んだ。


 WRの位置からモーションで勢いをつけた坪井が、スピードに乗った重戦車のように駒場学園の守備に突っ込む。最前列の守備選手が次々になぎ倒され、後方のLBも巻き込まれるように、機能を奪われた。彼が切り開いた走路をランナーが駆け抜けて、清水国際は勝利をつかみ取った。


 「73番頑張れ、お前が頼りだぞ!」。練習を積み重ねた坪井の気迫のこもったブロックに、清水国際のファンから多くの声援が飛んだ。「こんなの見たことない」と、メーンスタンドに陣取った駒場学園のファンからはため息が漏れた。


 合同練習をするなど、清水国際のフットボール部をずっと支援し続けてきた駒場学園の吉田博正監督は試合後、自チームの対応のまずさを反省点に挙げた上でこう語った。「清水国際はとてもいいチームになった」


 「まさか、1回勝っただけで泣いているやつはいないだろうな」。ハドルで上松監督がこう語りかけると、選手たちが満面の笑みで応えた。ハドルの隅で控えめに、けれどもとても誇らしげに笑う坪井の表情が印象的だった。


 清水国際の目標は関東制覇。11月16日の準決勝は、春の関東大会で負けた因縁の相手、高校選手権を4連覇中の王者・早大学院だ。(共同通信社 松元竜太郎)

【写真】攻守に大車輪の活躍でチームを勝利に導いた清水国際高の坪井=撮影:seesway、11月2日、駒沢第二球技場