2013年6月18日に行われた、パールボウル決勝を直前に控えた記者発表。鹿島の主将でエースRBの丸田泰裕は、多くの記者に囲まれていた。
 4月に鹿島が今季限りでの企業チームとしての活動停止を発表。来季のスポンサー探しにめどは立っておらず、チームの存続も危ぶまれる中、丸田は落ち着いた表情でこう言った。「今年、鹿島が日本一を目指すことに何も変わりはない。来季のチームをどうするか平行して活動していくが、鹿島のチームの一員としてやるべきことをやるだけ」


 10月にLIXILが来季からチームを支援することが発表され、有終の美を飾りたかった鹿島だが、準決勝でオービックに敗れ、ラストシーズンが終わった。
 ここから丸田は、クラブチームとして再スタートを切る新生LIXILのチーム作りに奔走する。
 「森さん(のHC就任)も決まっていなかったので、ゼロからの出発だった」。長年チームを支えたベテラン選手たちが引退していく中、コンセプト作りから始めて、一つずつチームの基礎を固めていった。4月に行われたお披露目会では、LIXILグループの藤森義昭社長が自ら防具を着けて壇上に上がり、力強く新チームのスタートを宣言した。


 今年のLIXILを取材していて、印象的なことが一つある。それは試合が終わった後に、10人ほどの選手がダッシュでスタジアムの出口に向かい、帰り際のファンを見送っていることだ。
 フィールドでのあいさつが終わると、さらに多くの選手がその列に加わり、最後まで丁寧に対応している。先日、丸田にインタビューしようとした時も、「ファンの方を見送りたいので、待ってもらえますか」と、主将が先頭に立って行動していた。


 もちろん、鹿島時代も会社やファンに対して感謝の気持ちはあっただろう。だが、企業チームという恵まれた環境を失い、クラブチームとして再出発する中で、支えてくれる人たちに、少しでも目に見える形で感謝の気持ちを伝えようという試みに思えた。


 鹿島時代と比べて戦力ダウンは否めないが、今季LIXILは順調にスタートしたように見える。一方で丸田は大事な機会を失っていた。4月に行われたドイツ代表との親善試合、フィリピン代表との世界選手権アジア予選に向けた日本代表選考を辞退したのだ。
 新しいチームを作っていく過程で、主将としてその選択はやむを得なかった。しかし、その2試合で若手のRB陣が来年スウェーデンで開催される世界選手権に向けて、存在感をアピールしたのだ。
 スピード派の東松瑛介(ノジマ相模原)が頭角を現し、昨季の日本選手権でMVPに輝いた原卓門(オービック)はスピードに加えて、大柄な外国人選手に対しての当たり強さも印象づけた。


 11年にオーストリアで行われた世界選手権、日本はカナダに小差で敗れて、決勝で米国を倒すという目標はかなわなかった。
 メキシコに勝って最終順位は3位。この時、丸田はこう誓ったという。「2015年に自分の最高のパフォーマンスを出せるようにして、スウェーデンで必ずリベンジする」。だが、日本代表で丸田の席が約束されている状況ではない。


 「来年、外国人選手と戦うために、本当はもう少し体重を増やしたい。だがLIXILでの役割を考えると(パスコースに出るため)減量が必要」。今春、日本代表のコーチ陣にアピールできなかったこともあり、丸田からは焦りや葛藤が少なからず感じられた。
 だが、スタジアム、記者会見、練習グラウンド、いつどんな時に話を聞いても、丸田は芯の部分が全く揺らぐ様子がない。結局はこう覚悟を決めているのだろう。「今年LIXILで日本一になり、来年日本代表に選ばれて世界一になる」


 丸田のプレースタイルはシンプルだ。余計なカットは踏まず、直線的に縦へと駆け上がる。強烈なタックルを受けてもひるまずに、前へ倒れてチームのために1ヤードでも多く稼ぐ。
 「彼が主将を務めているのは、本当に大事なところで必ず前進してくれるから」。日本代表の監督も務める森清之HCの信頼も厚い。数々の栄光をつかんできた彼にとって、この2年間は輝かしいフットボールキャリアの中でも特別なものになるだろう。


 背番号は法大で甲子園ボウルに出場した時も、鹿島で日本一を達成した時もずっと一緒。来年、丸田が「29」を付けて日の丸を背負うかどうかは、今秋のプレーで決まる。(共同通信社 松元竜太郎)

【写真】LIXILの攻撃を支える主将でRBの丸田=撮影:Yosei Kozano、15日、東京ドーム