NFLの人気拡大、ビジネス成功の歴史はテレビと歩んできた歴史でもある。


 最初にテレビ中継が行われたのは1939年10月22日、フィラデルフィア・イーグルス対ブルックリン・ドジャースの一戦で4大ネットワークの一つ、NBCによるものだった。
 ニューヨーク市の約1000台のテレビを対象とした小規模な中継にすぎなかったが、多くの観客を集めることに成功している。


 第二次大戦後になるとテレビ中継が頻繁に行われるようになり、48年にはNFLチャンピオンシップゲームが初中継された。さらに50年にはロサンゼルス・ラムズとワシントン・レッドスキンズが全ゲームの放送契約を結んでいる。
 また1951年にはチャンピオンシップゲームが当時としては高額の7万5000ドルでザ・デュモント・ネットワークが放送契約を結んだ。これ以降、チャンピオンシップゲームや大都市のチームを中心に次々と放送契約が結ばれ、中継が行われるようになったが、あくまで個別で行われていたのである。


 それが大きく変化するのがテレビの力を熟知したピート・ロゼール氏のNFLコミッショナー就任と、以前紹介したライバルリーグ、AFLの登場だ。ともに60年のことである。
 また、全米の家庭におけるテレビ普及率は1950年には9%にすぎなかったが、60年には87.1%に達していた。テレビはまさに急成長を見せていたのである。


 そんななかAFLがこの年、ABCと5年間の独占契約を結んだのだ。これに対抗する形でNFLは翌61年にCBSと全レギュラーシーズンゲーム中継の独占契約を結んでいる。
 また同じ61年に独占契約が、合法であることを認める法律が成立したことも大きな出来事であった。


 全米ネットワークと契約することで広く露出し、それによって人気が高まり、さらに独占契約を得ようとするネットワーク間の契約競争によって契約金額が上昇、リーグの収入が増えていくというスパイラルができあがっていったのである。
 NFLとCBSの契約金は61年は年465万ドルだったが、64年には1410万ドル、66年には1880万ドルに上がっている。


 そして70年にNFLとAFLが合併、それぞれがNFCとAFCとなると、NFCのゲームをCBSがAFCのゲームをNBCが放送することになった。これにより、現在も続くゲーム・パッケージによる放送契約という形も作られることとなった。


 以後、後述するように放送パッケージごとの4大ネットワークによる契約は成長を続け、さらには80年代以降急速に普及していったケーブルテレビ、衛星放送の分野にも進出し、テレビを基盤にNFLはその地位を強固なものにしてきた。
 テレビがメディアとしていかに強力なものとなるか理解し、ビジネスパートナーとしてどう振る舞うべきかを理解してきたことが、成功の要因になったといえよう。(NFL JAPAN 渡辺 史敏)


渡辺 史敏 (わたなべ・ふみとし)のプロフィル
1964年生まれ。明治大卒。雑誌編集者を経て1995年に渡米。ニューヨークを拠点にNFLやサッカーなどスポーツ、ITの分野で取材・執筆活動を行う。2014年4月に帰国。フリーランス・ジャーナリスト活動を行う他、NFLの日本窓口、NFL ジャパン リエゾン オフィスのPRディレクターに就任。

【写真】NFLは全米ネットワークで中継される試合数も多い=写真提供:NFLJAPAN