1月26日に米ハワイ州で行われたNFLオールスター戦「プロボウル」に、日本人コーチ2人が参加した。今回のプログラムに「コーチング・アンバサダー(大使)」として招待されたのは関西大学ヘッドコーチの板井征人氏と、昨季まで追手門学院大学のヘッドコーチを務めた高橋睦巳氏である。


 NFLとハワイ観光局の協力で行われてきたこのプログラムも今年で4年目となった。試合だけでなく、ミーティングや練習などその週に行われる各アクティビティに参加できるこの試みは、日本人のフットボール関係者にとって貴重な体験だ。
 板井氏にしても高橋氏にしても、選手としては学生時代、社会人リーグ時代ともにトップクラスのチームに在籍し、またNFLヨーロッパや米アリーナフットボール・リーグでプレーしていたから、国内外のフットボールをよく知っている。英語でのコミュニケーションが取れることもあって、このプログラム参加に適した人選だったと言えるだろう。


 今回のプロボウルは前年までと趣が違った。マンネリ化抑止と注目喚起を主眼としてこれまでのAFC対NFCの図式から、ドラフトによってチーム分けをする方式となった。
 チームリーダーは、1980年代、90年代の名選手、ジェリー・ライス氏(元サンフランシスコ49ersなど)とディオン・サンダース氏(元ダラス・カウボーイズなど)。日本人コーチたちは、板井氏が「チーム・ライス」に、高橋氏が「チーム・サンダース」に振り分けられた。


 今年の日本人コーチ2人も、前回までと同様にNFLという世界の頂点を間近で見ることができた。しかし一方では、プロボウルというオールスターゲームで詳細な戦術面について深く学ぶところはあまりなかっただろう。
 また、彼らが連日チームに同行していた時間も非常に短い。それは、練習と準備が好きな日本人的な感覚から言えば拍子抜けするほどのものだ。
 昨年、筆者が目にする機会に恵まれたプレーブックも、よく「電話帳のような厚さ」と形容されるそれとは違って、旅行パンフレットほどしかボリュームがなかった。各日の練習もプレーの「合わせ」をすることが主眼で、これ以上短くしようもないのではと思えるものだった。バスで到着する。そしてフィールドに降り立ったと思ったら、もうすぐにそのバスに乗って去って行く。大げさに言えばそれくらいあっさりしたものだ。


 もちろんそれがプロボウルという特別なイベントだというのもあるが、NFLのスタッフは練習等の時間が短いことをまったく問題視していない。
 「チーム・サンダース」を指揮したチャック・パガーノHC(インディアナポリス・コルツ)に話を聞いた。プロボウルだと参加している日本人2人にとっては戦術的に学べることは少ないのではと彼に水を向けると、こう答えた。
 「確かに練習は非常にライトなものだけど、我々のミーティングや練習を見てそれらがどうオーガナイズされているか、どういう話をしているのかといったところを見てくくれればいいんじゃないかな」


 試合そのものの研究ならば、テレビで見ているだけで分かることも多いだろう。だが、現地まで呼ばれたからには日本人コーチたちにはそれ以上を持ち帰ることを求められていた。それは最高のコーチ陣とスタッフが怪物のような選手たちといかに至上のオーケストラを奏でているかを、時間はわずかながら、身をもって体験することではなかったか。
 余談と言えるかもしれないが、プロボウルでNFLのコーチたちに話を聞いていると、2人の日本人コーチたちに対して決して「教えてやっている」という態度が感じられなかった。


 「チーム・ライス」のケン・ドーシーQBコーチ(カロライナ・パンサーズ)は自分たちが2人に教えているだけでなく「自分たちも彼らから勉強するところがある」と殊勝な言葉を述べた。パガーノHCも「彼らを受け入れることができて光栄だしうれしく思っている」と話した。アメリカ人がこういう場で相手をたたえるすべに長けているのは承知しつつも、日本人としてはやはりうれしいものである。


 興味深いことに、板井氏と高橋氏は大きく異なるテーマを持ってハワイの地を踏んでいだように思われた。
 板井氏はあくまで「フットボール」を学びに臨んでいた。京都大、Xリーグの強豪の鹿島ディアーズという日本のトップチームでプレーするとともに、NFLヨーロッパも体験している。
 コーチとしても古豪で2009年には学生日本一にもなった関西大の指揮官を担う。選手としてもコーチとしても日本のフットボールのいわばメーンストリームを着実に歩んできた彼にとって、NFLという最高の場所に参加しても、淡々とフットボールという競技を純粋に、愚直に習得する場としてとらえていたように見えた。


 1週間見ていて、板井氏がとりたてて感情をあらわにする場面というのをついぞ見ることはなかった。それは彼の元来の性格なのかどうなのかはわからないが、「NFLだから」と必要以上にそこを過大評価することもなく、ただひたすら自分が知らないものを見ようという姿勢でいたように見えた。
 各日で見たこと、起こったことについて聞いてみて、板井氏の口から返ってくる答えの中身は大半がフットボールについてであった。そこにはNFLという競技の頂点と真摯に向き合いたいという気持ちがあったに違いない。


 そこに“コーチ”として足を踏み入れているのだ、という感慨も多少はあったのではないか。というのも、彼は1998年と2000年にそれぞれカンザスシティ・チーフスとダラス・カウボーイズのゲストプレーヤーとして東京ドームでのアメリカンボウルに出場している。
 だが今回の関わり方は当然ながら当時の“選手”としてのそれとは異なる。十数年たって経験も増している分、このプロボウルではより深くNFLを見てやろう、当時見えなかったものを見てやろう、という気持ちがあったはずだ。
 感情の起伏をめったにあらわにしなかった板井氏だが、こんなことを話してくれた時だけは、わずかながらに喜怒哀楽の「喜」あるいは「楽」の部分を見せてくれたような気がする。


 「ラリー・フィッツジェラルド(アリゾナ・カージナルス)やブランドン・マーシャル(シカゴ・ベアーズ)といった現在のリーグのトップWRたちが練習の際に、ライス氏ら往年の名レシーバーたちに「相手CBにタイトにつかれた時はどうすればいいのか」と質問していた」
 「(試合当日の)スタジアムへ向かうバスの中でトニー・ゴンザレス(アトランタ・ファルコンズTE)とジミー・グレアム(ニューオリンズ・セインツTE)たちが最後までプレーの確認をしていた」


 彼らのような一流選手たちの、能力だけに頼らず準備や向上する努力を惜しまない姿を見られたことは、板井氏にとってわずかに気持ちの高ぶりを感じさせる光景だったようだ。
 一方で、高橋氏はどちらかといえばNFLコーチたちの「人間」の部分を見ていた。そこには、彼が板井氏と大きく異なる環境に置かれていたことが作用しているかもしれない。高橋氏が昨年ヘッドコーチを務めた追手門学院大は、関西学生リーグの2部校で、指導者が実質的には彼しかいなかった。
 という事情もあって、コーチというよりもいかに組織をまとめるかというリーダー的観点で見ていたようだった。言葉を換えれば、NFLのコーチたちというのはどういう人間で、どれほどの距離感をもって選手たちと接しているのかを観察していた様子だった。


 この人は考えるよりもまず行動するタイプの人である。そのことは、ハワイに到着したその日にわかった。
 コーチミーティング後に筆者と談笑していたかと思うと、いつの間にか目の前から消えていた。先述のパガーノHCらのところへさっそくあいさつに出向いていたのだ。ちなみにその効果はすぐに表れ、次の日にはパガーノHCから冗談ながら「彼は私のアシスタント・ヘッドコーチだ」と他のコーチたちに紹介されたという。
 パガーノHC本人も「(高橋氏は)毎日、山のように我々に質問を投げかけてくる」と感心していた。


 そのようにして受け入れてもらったことに、高橋氏もいたく感銘を受けると同時に彼らの器量の大きさを感じていたようだった。彼も板井氏も、コーチ陣と選手たちの関係性とやり取りが日本とは随分違っていると話した。
 とりわけNFLというプロ集団だからそうなのかもしれないが、コーチらは選手たちの意見も聞き入れながら物事を進めていた。


 フットボールに限ったことではないにせよ、日本のスポーツ界ではコーチらが選手にほとんど一方的に指導を施すのが一般的である。しかし下の者がものを言えぬままでは進歩するものもできなくなってしまう。アリーナフットボール・リーグも経験したこともある高橋氏は、前々からその思いを強くしていたようであったが、今回初めてだったというNFL体験を通じてその思いをさらに強くしたようだった。


 余談ながら、今年のプロボウルを見られたことは、2人の日本人コーチにとって少しばかり幸運だった。
 日曜日の試合は、新フォーマットによる影響、サンダース、ライス両氏にはっぱをかけられたこともあって選手たちが例年以上に真剣にプレーしたこと、雨が降り続いたことで、ファンブルなど予想外の展開を生み出しやすい環境だったことなど、さまざまな要素が組み合わさって最後は1点差の好試合となった(チーム・ライスが22対21で勝利)。もちろんシーズン中とは比べようもないが、それでもNFL選手の力を垣間見ることができるレベルのゲームだった。


 「(家を留守にすることで)家族には迷惑をかけましたけど、いろいろなものが見られてよかった」(板井氏)
 「1週間がとても早かった」(高橋氏)
 濃密な時間を体験した2人は、プログラムが修了すると、安堵しているようにも、あるいは夢のような時間が終わってしまう寂しさを感じているようにも見える、そんな表情で話した。


 改めて記すが、このプロボウルのプログラムは貴重なものだ。とりわけ、多くの日本人選手が参戦していたNFLヨーロッパがなくなり、NFLジャパンが閉鎖。05年以降アメリカンボウルが開かれなくなってからは、これがほとんど唯一の日本とNFLの「架け橋」になっている。


 競技力の向上や人気向上、国内リーグの盛り上がりなどを考えた時、NFLの存在は手本にすべきものであり、常に目標にしておかねばならない。
 その意味では、日本人アスリートの発掘に熱心なハワイ観光局やその関係者、また例年派遣コーチの選定をするなどやはり関わりの深い甲子園ボウルプロジェクトチームの尽力にも触れておきたい。こういう行動力のある人たちがいることで、日本のフットボールもまだ世界のトップレベルつながっていることができるからだ。(ジャパンタイムズ・永塚和志)

【永塚和志(ながつか・かずし)のプロフィル】
1975年生まれ。北海道出身。英字紙・ジャパンタイムズ運動部記者。担当は主に米スポーツ。フリーのスポーツライターとしても活動し、専門誌「アメリカンフットボールマガジン」(ベースボールマガジン社)等にも寄稿。

【写真】プロボウルに参加した板井征人氏(右)と高橋睦巳氏=撮影:Kazushi Nagatsuka