今週末、いよいよWFAナショナルチャンピオンシップが開催される。先週、オーナーのクリスから全選手宛にメールが送られてきた。
 「私は子どものころからアスリートだった。自宅には子どものころからの数々のトロフィーやメダルが飾られている部屋がある。全て良い思い出であり、私の誇りだ。しかし、唯一、私が忌々しいと感じているものがそこにある。2011年の準優勝のカップだ」


 2011年、オーナーのお母さんが、プレーオフの最中に亡くなった。チームのビッグスポンサーでもあり、また、どの大会にも必ず来ていたサージの、ナンバーワンファンだった。
 母親の葬儀の日程を伸ばし、クリスは、チャンピオンシップにやってきた。しかし、運が悪い時は重なるもので、その時期全米あちこちで竜巻が発生し、飛行機のダイヤが大幅に乱れた。


 この日、私は、違うリーグに所属するカリフォルニアクエイクというチームで、優勝を争っていた。場所も同じ、テキサスだった。土曜日の試合だけれど、記者会見や、公式練習があるため、チームは、木曜日にテキサス入りする。
 ロサンゼルス国際空港から飛んだ選手たちは、無事木曜日に到着したが、ロングビーチ空港からの組は、丸一日遅れ、公式練習には間に合わなかった。


 サンディエゴ空港から出発したサンディエゴ・サージは全員が遅れ、試合開始直前に何人かの選手が到着し、エースRBは第1Q途中から、オフェンスラインに至っては、後半からの試合出場になった。当然実力が拮抗するチャンピオンシップでは勝つことができなかった。


 同様に準優勝に終わった私たちクエイクは、3年間をかけて、優勝をするためのチームを作ってきた。2年間はチーム作りだけを考え、3年目の優勝だけを念頭でやってきたので、負けた瞬間はヘッドコーチと主力選手たちは、口がきけないほどのショックだった。
 そんな私たちにサージのオーナー、クリスが声をかけてきた。「練習の日は、ロサンゼルスからのバンを手配するから、うちのチームに移籍しない?」


 ディフェンス、オフェンスともに大活躍だったニンジーは、高校アメフト部のヘッドコーチの座を与えられ(女性で二人目)、キッカーでトレーナーの仕事をしていたオールステイトも、高校アメフト部のトレーナーの仕事を与えられ、二人は、サンディエゴに引っ越した。
 私も住居の手配をしてくれるとのオファーを受けたが、仕事上引っ越すことはできず、仲の良かったタンクとともに通いを選び、サンディエゴの寿司屋で契約書類にサインした。


 2012年、私たちはクリスのお母さんが好きだった薔薇の花のステッカーをヘルメットに貼って、プレーした。他リーグの準優勝チームの主力選手を引き抜いた2011年準優勝チーム、サンディエゴ・サージは、2012年、NFLピッツバーグ・スティーラーズの本拠地・ハインツフィールドで優勝を果たした。


 クリスはその年、オーナーを引退した。私たちロサンゼルス組も、引っ越した二人を除いて、2013年ロサンゼルスのチーム・パシフィック・ウォリアーズに移籍した。サージは地区優勝し、ウォリアーズは、ワイルドカードで勝ち上がったが、両チームともそれ以上に勝ち進むことはできなかった。


 そして2014年の今年、選手、コーチ陣からの熱い要望を受けて、クリスはオーナーに復帰した。2012年の優勝組に、サージからまたお声がかかった。私たちは迷わず移籍し、それにつられ、ウォリアーズの選手たちも移籍し、結局ロサンゼルスからのバン通勤組は13人になった。主力選手を失ったウォリアーズは、チームの活動の休止を余儀なくされた。


 そして、我々サンディエゴ・サージは、レギュラーシーズンを8勝0敗で勝ち上がり、プレーオフも危なげなく勝ちあがって、ナショナルチャンピオンシップの出場権を得た。相手は、2011年と同じ相手ボストン・ミリッシャ。8月2日、シカゴでリベンジして、準優勝カップを良い思い出に変えたい。

【写真】過去にも全米優勝を経験しているベティさん