記念すべき、女子プロリーグ戦の初試合は、フロリダ州マイアミにあるオレンジボウルで行なわれた。
 1995年まで毎年オレンジボウルが開催されていたスタジアムであったのに、当時、NFLもカレッジも全く見たことなかった私は、「リーグ初戦から、なんでボウルゲームなの?」くらいに思っていた。
 到着してみると、古びた野球場で、「アメフトの本場アメリカに来ても野球場と共有のフィールドなのか」とがっかりした。知らないとは本当に恐ろしい。


 45分後にキックオフを控えた私たちは手早く着替え、すぐにフィールドに出て、気温40度近い中でウォームアップをした。初戦だったが、ナーバスになる暇なんて全くなくて、遅刻して逆に良かったのかもしれない。


 日本での試合では、知らない人と当たることはなかった。2チームしかなかったので、毎回同じ相手と試合をしていた。今回は正真正銘の初戦で、スカウティングビデオさえ存在しない。
 よくインタビューで「大きな相手と当たることは怖くないですか?」と聞かれるので、「先に当たれば全然怖くないですよ」と答えている。自分への戒めでもある。
 実際「当たり負けするかもヤバい」と思ったことはあっても(特にショットガンスナップだと)「怖い」と思ったことは、この試合開始前の数分間だけだったと思う。


 今でも私を静粛な気分にさせるアメリカ国歌がフィールドに響く中、全員が静まり返り、ヘルメットを取って、右手を左胸にあてた瞬間、日本人でありながら、なんか、ジーンとくるものがあったのを覚えている。毎試合同じセレモニーが繰り返され、私はもう、君が代より、アメリカ国歌の方を多く聞いている。


 そして問題の相手チームのノーズガードはとてつもなく大きく、ずるいプレーをする黒人の選手だった。
 ただこの時代は、わざと汚いプレーをしているのか、ルールがわからず、つかんでくるのか、わかりづらい時代でもあった。
 イエローフラッグが飛び、私たちのランプレーは出まくり、大差で勝利し、女子アメフトの歴史がスタートした。


 ロッカールームに戻ると、ピザが用意されていて、気温40度の中で試合を終えたばかりの選手達がピザに群がった。
 私は、精魂使い果たし、食欲さえも残っていなかった。誰かが「第5クオーターだ!」と叫んだ。試合後の打ち上げを、アメリカでは第5クオーターと呼んでいる。
 会場にあるスポーツバーで、冷たく冷えた生ビールを飲み、少しだけ回復し、やっと勝利を実感し、充実感でいっぱいになった。

【写真】開幕戦に勝利したベティさん=2000年