私は、キャプテン「メジャー」と一緒に住んだ1カ月の間に、6キロ痩せた。
 朝のトレーニングとアメフトの練習、そしてボディビルダー食によるもので、理想的なダイエットだった。


 しかし残念ながら、私はアメフトをしに来ていているラインだったため、この環境ではまずい、なんとかこの環境を変えなくてはと常に思っていた。英語の全くできない私に一人でアパートを借りる勇気もなく、なかなか打開策が浮かばなかった。


 ちょうどそのころ、大所帯のチームハウスに耐えられなくなった選手たちが、一軒家を借りて住むということで、メンバーを探し始めていた。
 そのリーダー的存在の「ジョイ」が、私にも声をかけてくれた。
 「二人部屋だと160ドル、一人部屋だと220ドル。電気、ガス代は折半ね。ケーブルTV代は…ベティ、英語ができないから、もらえないわ」。そんな感じの条件だったと思う。


 ビーチからたった1ブロックの一軒家、プールまでついてその価格とは! 二つ返事で快諾した。メジャーは「うちにいれば家賃も食費も何にもいらないし、ずっとうちにいたらいいのに」と、私の引っ越しを最後まで引き留めてくれた。


 引っ越し初日、みんなで掃除をし、みんなで料理をしてディナーを食べた。QB、WR、TE、CB、FS、DL(途中帰国のドイツ人)と私の計7人で一軒家をシェアし、私は一人部屋で住んだ。
 最初は、自分の分だけを料理するのは気がひけたが、周りもそうだったので、徐々に家の中で気兼ねすることもなくなり、体重も戻っていった。


 アメリカに来て、たくさんのチームを渡り歩いたが、どのチームでも変わらないのは「チームは家族」という教えだった。この家の住民は、みんな家族や友達と別れ、仕事を捨てて、フットボールをしにここに来ている。日本がちょっと遠いだけ。
 この家の住人たちの「家族」の結びつきは、チームよりももっと強かった。毎週木曜日は「オハナディナー(オハナとはハワイ語で、家族の意味)」と称して、本当の家族が来ても、他の用事があっても、この家でみんなと一緒にディナーをとる決まりだった。
 私はこの家族たちに囲まれて、何も不自由することなく、アメリカの文化や伝統を学びつつ、のびのびと暮らすことができた。


 とりわけ、リーダー格のジェイは、面倒見が良く、みんなの信頼を得ていた。彼女は、野球の全米代表、そして元プロ野球選手。
 彼女がプロ野球選手時代、ある日、試合会場に行ってみると、いつものフィールドが不自然に静まり返っていて、それを見て、リーグがつぶれたのを知ったという話をみんなにした時、私たちもいつそうなってもおかしくない危機と隣り合わせなのを知った。ジェイは、「プロ」の先輩でもあった。


 9月に始まったキャンプは、ポジション別の練習からオフェンスの合わせの練習となった。私は、正規のポジションであるオフェンスラインの練習に一度たりとも入る事はなかったので、オフェンスの練習が始まって、私以外にもセンターがいたことを初めて知った。
 誰がスターターということでもなく、センターのポジションを4人が均等に交替で入って練習した。


 開幕2週間前に、紅白戦を行ない、そこでいよいよスターター選手が決まると発表され、みんな10月中旬の開幕に向け、ざわめき立ってきていた。

【写真】「オハナ」ディナー=2000年