当初私はチームハウスに住むことになっていて、そう書かれた契約書にもサインしていた。20~30人住める家をチームは借りていて、実際多くの選手がそこに既に住んでいた。
 食事もスポンサー契約によって、イタリアンレストランのピザやパスタ、ビール、クリスピードーナッツなどが、週に何回か運ばれてきていた。


 軍の経験のあるキャプテン「メジャー」は、日本人のことを良く知っていて、「日本人はあんなところに住めない」と言い切り、私を半ば無理矢理彼女の家に連れ帰ってくれた。
 現在、私の住むロサンゼルスは、人種のるつぼと言われていて、本当にいろんな国の人たちが住んでいる。もちろん日本人も多いので、私が「日本人」というと、「どこのお寿司屋が美味しい?」「サクラが見たいけど、いつ日本に行けばいい?」「アニメファンなんだ」と話は盛り上がる。


 しかし、このフロリダ州デイトナビーチでは、私のことを、「初めて見た日本人」という人も多く、「寿司って日本食? チャイニーズ?」から始まって、「JAPANってなに?」と日本という国名も聞いたことないという選手さえいた。


 しばらくして、英語のできない私のために、選手たちは、「日本人か日本語のしゃべれる人はいませんか?」という貼り紙をジムやスーパー、レストランにしてくれたが、結局誰からも問い合わせはなかった。
 私がいる間に、ネットなどで何人かの日本人と知り合ったけれど、テニスかゴルフの留学生、飛行機の操縦か整備士の勉強に来ている学生、軍人と結婚した日本人としか出会うことはなかった。


 そんな“珍獣”の私を引き取ってくれたメジャーは、今思うと私が選手としてここまで来る足がかりを作ってくれた恩人だ。
 その時は、英語も全然できなかったし、誰かの後をついて行くことしかできず、それが普通だと思っていたので、彼女に感謝の気持ちもきちんと伝えられなかったかもしれない。けれども、彼女とは今も交流が続いている。


 ともあれ、メジャーの「連れ去り」により、生まれてはじめての親元から離れた生活が、アメリカの果てフロリダで始まった。
 ビーチからほど近い豪邸を、メジャーはバイスキャプテンとシェアし借りていた。ベッドルームは二つしかなかったので、私はリビングのカウチだったけど、5人くらいはゆうに寝られそうなでっかいカウチだった。


 プール付きの豪邸だったので、初練習の後「日本のお風呂みたいでしょう」とメジャーにジャグジーを勧めてもらった。めっちゃぬるかったけど、フロリダに来てやっとやっと緊張から解放された瞬間だった。
 しかし、快適と思われるこの生活の中で、私は1カ月で6キロ痩せることになるのだ。(続く)

【写真】現地の新聞に取り上げられるキャプテン「メジャー」とベティさん