当時、国際線は32キロの荷物二つまで預けることができた。私は、ぎりぎり64キロの荷物と、カメラ、ビデオ、パソコンなどを入れた20キロ以上の手荷物を持って、オーランドの空港で迎えを待った。
 チームオーナーから「オーランドから車で1時間近くのデイトナまで来るのは大変だろうから、オーランドの空港まで迎えに行くよ」と言われていたからだ。


 ところが1時間待ち、2時間待ってもオーナーらしき人物は現れない。聞いていた電話番号に電話したが、電源が入っていない様子。結局8時間待って、空港内のハイアットリージェンシーホテルに泊まることにした。
 ホテルからも電話をかけ続けたものの、全くつながらない。困り果てた私は、四つ星のホテルのコンシェルジュに相談した。


 彼女は、デイトナビーチまでのバスでの行き方と時刻表を調べてくれた。「げっ、90キロ近い荷物を持って、バスに乗るんかい? タクシーで行きたい!」と思ったけれど、優しいコンシェルジュが、朝バスの乗り場まで送ってくれると言うので、それに従うことにした。
 デイトナビーチに着いたところで、全く当てがない。とりあえず、安いホテルを1泊取ってもらった。「ラッキー! ビーチ沿いの海が見渡せるホテルの部屋が取れた」とコンシェルジュは私にウインクした。


 女子アメフトに限らず、男子のセミプロアメフトリーグ、また他競技にしろ、アメリカはすぐにリーグができて、すぐにつぶれる。前にも書いたように、チームより先にリーグを作ってしまうことにも、一因があるのだろう。
 「成功したら儲けもの」くらいの気持ちで、作られているリーグも多いし、今いるリーグのやり方が気に入らなくて、怒った勢いで違うリーグを作ることもある。
 そんなことも知らなかったし、いい加減に適当な返事するアメリカ人が多いことも知らなかった当時の私は、「オーナー、どっかで事故に遭ってなければいいけど…」と心配していた。


 夜、ホテルの部屋でもらっていたチームスケジュールを確認すると、明日は、「夜6時から、野球のシカゴ・カブス傘下のデイトナ・カブスの試合観戦」と書かれていた。
 場所は「ジャッキー・ロビンソン・スタジアム」。
 昨年『42~世界を変えた男~』という映画にもなった黒人初の大リーガー、ジャッキー・ロビンソンの名前が、このスタジアムに付いた由来は、1946年、ブルックリン・ドジャース傘下の3A、モントリオール・ロイヤルズの選手として、初めて彼がエキシビションゲームでプレーしたことによるという。
 当時の私は、ジャッキー・ロビンソンさえ知らなかった。その後、我が「バラクーダス」は、この3Aのカブスと兄弟チームとなった。


 ともあれ、明日は朝一番のバスに乗って、デイトナビーチに行こう。着いたらホテルにチェックインして、夜、カブスの試合に行こう。そうしたらチームと合流できるはずだ。でも、チームのみんなを探せるのだろうか…。会えなかったら、次の日の練習フィールドに直接行けばいい。
 どうにかなるっしょ。考えてもしょうがない。その日は、高級ホテルのベッドで、全てを忘れて眠りについた。

【写真】「デイトナ500」が開催される2月には毎年多くのファンがデイトナビーチを訪れる=2月23日(AP=共同)