帰国した晩、私は待ち構えていた「レディコング」の選手たちと夜の街に繰り出した。みんなが、我が事のように喜んでくれる姿を見て、いろんなトラブルは私の中ではなかったことになり、トライアウト合格だけがいい思い出として残った。


 朝焼けの中、ご機嫌で実家に帰り、うつらうつらしていると、玄関のチャイムがなった。「宅急便かな?」。母が出るから大丈夫と再度布団にもぐりこむと、母がどたばたと部屋にやって来て、私の〝生存〟を確認し、また階下に降りて行った。


 来客は、近所の人で、インターフォン越しに、「娘さんが新聞に出ている」と言ったらしい。私は母に「アメリカに1週間行って来る」としか告げてなかった。
 実は、母は私がアメフト選手なりたての頃も、ずっとアメフトチームのトレーナーとして練習に参加していると思っていた。
 このトライアウトの時も、スキューバダイビングの添乗で海外に行っているのだと思っていたらしい。近所の人の言葉に「ついにうちの娘が何かやらかしたか!」と思ったに違いない。母は帰宅している私を見て安心し、玄関を開け、新聞を見て、別の意味で驚くことになった。


 新聞の一面を飾る「日本人初!! アメフット女子プロ選手誕生」の見出しの横に私の写真が掲載されていたのだ。母が愕然とするちょうどこのころ、私の携帯にもあちこちからの祝福の電話が入り始めた。
 全国紙、地方紙、スポーツ新聞、たくさんの新聞に掲載され、そして、その隣には、「NFL殺人容疑のルイス、弁護士が無罪を主張」の記事が小さく掲載されていた。


 昨日の夢心地から一気に現実に引き戻された。さて困った、トライアウトに合格したものの、私が受けたのはリーグトライアウトであって、チームのトライアウトでなかったので、所属チームも決まっておらず、それよりなにより、私は本当に行くのかどうかも全く決めていなかった。


 そんな中、新聞の次には週刊誌の取材が入り、続いてテレビやラジオ、月刊誌の取材が入った。みんな一様に「おめでとうございます、今季の目標は?」と聞いてきた。


 小心者の(サービス精神旺盛ともいう)私は、せっかく来てくれた記者さん達を前に「まだ行くかどうか決めていません」とは言いだしづらかった。
 「目標」と聞かれても、所属チームも決まっていないのに、「優勝」というのも変だし、ポジションも決まっていなかったので、「スターターを取ること」っていうのもなんか現実味がない気がして、どっちに転がってもいいように「オールスターゲームに出場すること」というのをとりあえず取材返答用の今季の目標に掲げた。


 しかしこの目標を公にしたことで、私の渡米は急に現実味を帯びてくることになった。ぶっ飛ばして生きてきた私も、既に35歳、少しは分別のあるお年頃になっていたので、「本当にこの道に進んでしまって良いのだろうか?」という気持ちは常に心の中にあったのだと思う。
 「止めてくれないかなあ」なんてちょっとだけ思いながら、所属していた会社の会長を訪ねると、「おめでとう! いつから行くの? みんなで日本から応援していますよ。帰国しても君のポジションを空けておくから、何も心配せずに行ってらっしゃい」ともろ手を挙げて賛成されてしまった。


 そして最後の頼みの綱の母も、たくさんの人から「おめでとう、娘さんすごいね」と言われてしまい、反対することはできなかったようで、結局誰の反対票も得ることはできず、私のアメリカ行きは、当たり前のように現実的なものになっていった。

【写真】トライアウト合格のニュースが各メディアで大きく取り扱われた