「輿さん?」と再び声を掛けると、「おー鈴木弘子!」とフルネームで返された。
 私は当時、Xリーグフラッグフットボール実行副委員をやっていた、そこで富士通のフラッグチームを率いていたのが、解説でもおなじみの輿亮氏だった。


 輿さんは、スーパーボウルの解説のためにNHKの政野光伯アナウンサーと現地入りしていて、2人でちょうど買い物に行くところだったらしい。輿さんも「鈴木弘子に似ている」と思いながらも、「こんなところにいるはずがない」というのと、雪のアトランタでのこの薄着はどこか怪しいので、目が合って絡まれてもいけないと思い、見るに見られずにいたらしい。
 そして、バッグに付けてある富士通の名刺を私の顔のところで振っていたのだとか。私は輿さんの顔ばかり見ていて全く気がつかなかった。


 その日私は、無事洋服を買って、「一見怪しい人物」から抜けだし、輿さんに誘っていただき、高級ホテルにあるレストランで、ステーキにありつくことができた。神様は、このトラブルの代わりに、ちょっとだけ私にご褒美をくれた気がした。まさに「捨てる神あれば拾う神あり」である。


 「帰国のための渡航書」を手にした私は、帰りの航空券も無事購入でき、不安もなくなり、ステーキパワーも注入され、のんきに超満員のスポーツバーで、スーパーボウルを観戦した。
 ホテルに戻っても興奮さめやらないファンや関係者で、ホテルのエントランスはごった返していた。


 翌朝チェックアウトのためにフロントに下りると、警察がたくさん出入りしている。どこかで「僕も深夜銃声を聞いたよ」という声が聞こえた。
 酔っ払いのけんかかと思ったら、数日後、ボルティモア・レーベンズのスターLBレイ・ルイスが殺人容疑で逮捕されたことを知った。「こりゃ私のバッグ紛失くらいで警察は動いてくれないよなあ」―。ちなみにルイスはその後、司法取引で殺人罪の適用を回避し、1年間の保護観察の判決を受けた。


 帰りの飛行機はNHKスタッフと同じ便、もう何も不安はなかった。
 成田空港に着くと、時事通信で当時アメフト担当だった関根恒さんが迎えに来てくれていた。彼は、当時あったアメフト掲示板を見て、「女子選手がアメリカプロリーグのトライアウトを受けに行った」ことを知って、私にコンタクトを取り、取材のために成田まで来てくれたのだった。


 このトライアウトの長い長い道のりを私はぜひとも話したかったのに、彼が知りたかったのは、トライアウトの結果だけだった。あのドタバタの中、リーグオーナーから結果だけは聞いておいてよかったと思った。


 取材が終わり、野村証券へ向かった。当時私は、ここの社員専用トレーニングセンターを任されていた。急きょ休みを取った上、更に延期したわけだから、とりあえず直行すると、関根さんから連絡が入った。「デスクに戻ったら、『写真はないのか』って言われたので、今から撮りに行っていいですか?」カメラごと盗まれ、トライアウトの写真が一枚もなかったので、野村証券本社前で、関根さんに写真を撮ってもらった。
 そして、翌日から全く予想もしていなかった日々が始まる。

【写真】事件の翌年にスーパーボウルに出場したレーベンズのLBレイ・ルイス=2001年、タンパ