ホテルのフロントでいつまでも感慨に浸っていても、事態は好転しない。行動に移さなくては。


 私は、短大在学中からずっとスポーツクラブのインストラクターをやっていて、年に何度かスキューバダイビングの添乗をしていた。
 その際に利用していたいくつかの旅行会社に連絡をとってみた。どこも「あれ、なんかどこも満室ですね、なんでだろう?」。私は心の中で、スーパーボウルなのも知らないのかよ…とつぶやきながら、丁寧にお礼を言って、電話を切った。


 一つの旅行会社だけが、「あ、一部屋だけホテル、空いてますね。ここ、一泊は取れない、4泊からだ。なんでだろう?」。やった! 彼にスーパーボウルとはなんぞやから丁寧に説明し、4泊で30万円、もらったギャラの15倍のホテルを押さえてもらった。更に「ガイドをつけましょうか?」という彼の勧めに従った。


 なけなしの200ドルは使いたくなかったし、荷物はないも同然だった私は、電車で30万円のホテルに移動しチェックイン。ホテルのフロントで会った日本人ガイドは、私を見つけるなり、「どこにご案内しましょう」と聞いてきた。
 「まずは、警察に行ってポリスリポート、それとパスポートとクレジットカードの再発行の手続きをしたいのですが」と告げた。
 ガイド氏は、目を白黒させながら、私の話を聞き、そういうことかとうなずいた。アトランタで個人ガイドを頼むお客は珍しいそうで、不思議に思っていたようだ。


 ガイド氏によると、ホテルはソールドアウトだったのだけど、雪の影響で到着できなかったお客様の分の団体チケットが、旅行会社預かりになっていたそうで、「ラッキーでしたね」と言われた。
 ちっ、全然ラッキーじゃないよと思いつつ「で、そのお客様の分のスーパーボウルのチケットは?」と聞くと、「既に転売したんじゃないですかね」。まあ、そりゃそうだ。ガイド氏が、ホテルロビーのいすに座り、あちこちに電話してくれている間、暇だった私は、きょろきょろとあちこち観察していた。


 私の今晩からのホテルは、ボルティモア・レイブンズの泊まるオフィシャルホテルであることがわかった。さすが30万円のホテル!


 ガイド氏によると、スーパーボウルで警察は混み合っているので、夜ホテルにコールバックしてくれるとのこと。その時に通訳が入り三者で話すことになるので、英語ができなくても大丈夫だと言われた。
 そしてクレジットカードは、アメックスだけが翌日発行してくれるそうなので、「まずは、これから日本領事館とアメックスに行きましょう」と言って、車で連れていってくれた。


 手続きは、とんとんと進んだが、パスポート再発行は時間がかかるので、「帰国のための渡航書」とやらを発行してくれるらしい。しかし、それも最短で3日かかるとのこと。私はここで、有力な情報を得た。
 「ホテル代とか、帰りの航空券代とか、保険会社に請求したら、おりるかもしれませんよ」。それを聞き、がぜん気が大きくなり、次の日、アメックスの再発行カードを受け取るとすぐに、買い物に繰り出すことにした。


 電車に座っていると、次の駅でどっと人が乗ってきて、私の前に日本人っぽい人が2人立った。私がアトランタで日本人を見たのは、ガイドと領事館の人に続き、3度目だった。
 よく見ると、知り合いにそっくりだ、いやまさかこんな所で? じっと見ていると向こうもちらりとこちらを見るが目をそらす。目が合うとますます似ている。声をかけるが電車の騒音で打ち消される。
 次の駅で扉が開くと、彼らはそこで下車した。私が下りる駅ではなかったけど、私も続いて降り、再度彼の名を呼んだ。

【写真】アトランタのダウンタウン=1995年