チームメート達がチェックアウトしてしまった部屋に、私が長居するわけにはいかない。雪の降る、知り合いもいないアトランタに私は着の身着のまま放り出された。


 ホテルのフロントで、いったいどうしたらいいのか途方に暮れる。きのうの出来事が全て夢だった気さえしてきたが、あの「SUZUKI」コールだけは、まだ耳の奥に響いていた。


 そう、前日の朝、新しくチームメートとなった選手が、約束通り私を迎えに来た。「これくらいの雪であちこち閉鎖しているなんて、うちの方じゃありえないわ」。ミネソタ出身の彼女は、積もる雪をものともせず、普通に車を飛ばし、NFLエクスペリエンスの会場まで私を運んでくれた。


 スーパーボウルが行なわれるジョージアドームの隣のコンベンションセンターには、数日前から「NFLエクスペリエンス」が始まっていた。
 NFLエクスペリエンスとは、その名の通り、NFLを体験することを目的に行なわれているイベントで、フットボールを投げて的に当てたり、邪魔する敵をかわしながらゴールに向かって走ったり。NFL選手がどれだけでかいかを見せつけるために、等身大の選手のパネルや、石膏で作られた選手と同じサイズの太ももや腕が展示されていたり、ロッカールームが再現されていたり、その歴史が記念グッズとともに解説されている。


 それを見て興奮しているのは私だけでなく、私のコーチとなった元NFL選手も同じだった。彼は、スーパーボウルの優勝リングをはめ、会場を闊歩し、たくさんの人に声を掛けられていた。迷っては大変と、彼の隣をずっとキープして歩いていた私も、なんだか誇らしい気持ちになりながら、この会場で試合ができる幸運に感謝していた。


 あちこち見学し、記念品を買ったりしながら、やっと試合会場に到着、そこは50ヤードくらいしかない仮設の室内フィールドだったが、そんなことは全く気にならなかった。
 雪で遅れて到着したトレーナーがサクサクとテーピングを巻く横で、小学校低学年と思われる少年がそれをじっと見ていた。しばらくすると、その少年が、アイシングの氷の準備を始め、試合中はウオーターボーイとして活躍した。
 聞くと「大きくなったらNFLのトレーナーになりたい」ということで、今回も父親であるトレーナーについて、ミネソタから一緒にやって来たのだそうだ。こんな話一つでも、アメリカが、アメフト中心に回っているように見えて、とてもうらやましかった。


 NFL中継によくかかる音楽が鳴り響き、DJのような実況が絶叫する中、試合は始まった。DJは、ことあるごとに観客をこれでもかと言うほど盛りあげた。
 私はオフェンス、ディフェンスともラインで出場し、予想以上に活躍できた。私がタックルするたびに、そして関係ないシーンでも、DJは「日本から来たSUZUKI!」と叫んだ。
 そして会場では期せずして「SUZUKI」コールが起こった。いいプレーには、観客の大声援。観客たちは試合開始数分後には、自分のお気に入りの選手を見つけ、どの選手がスタープレーヤーであるかも決定づけてしまっていた。試合終了とともにQUEENの「We Are The Champions」がかかった。


 今まで日本での試合では、友達に拝み倒して来てもらい、試合終了後、「全然ルールが分からない」と文句を言われるのがオチだった。なので、この「SUZUKI」コールは、日本に帰っても頭の中で響いて忘れられず、私がアメリカでプレーしたいと思う気持ちを後押しし、プロにまで導いたのだと思う。
 そして、荷物をすべて盗まれるという窮地に立ったこの瞬間も、私に勇気を与えてくれたのだった。

【写真】2013年プレーオフ、サクラメントサイレンスの小倉典子(左)、サンディエゴサージのシノブ・ウィリアムスと