よく「試合を楽しんでね」と言われるが、私にとって楽しめる試合なんて、負けてもそんなに悔しくないオールスター戦くらいなもの。あとは不安だらけ、心配だらけ、考えることだらけで、楽しめたことなんて全然なかった。このアトランタでのエキシビションマッチが、人生で一番楽しめた試合だったと思う。


 試合後、サインや写真撮影に応じている間に、荷物は全て用具係がトラックに積んでくれていた。その横を、私たちは担当者に案内され、打ち上げパーティーの会場へと向かった。
 歩いていける所にあるスポーツバーは、とにかく人、人、人で立つスペースもないほどだったが、試合を終えた私たちのテーブルはリザーブされていた。


 「ここは全てNFLの支払いだから、さあ、飲んで、食べよう!」。リーグオーナーは、エキシビションマッチの成功に終始ご機嫌だった。
 大騒ぎの中で、私の英語は更に通じず、注文さえできなかったが、ビールがなくなれば誰かが運んできてくれ、一気飲みが始まると、私はなぜかその輪の中にいた。本当に夢のような時間だった。


 その後、チームの車に便乗して、私もみんなが泊まるホテルへと向かった。我々の荷物を積んだトラックもホテルに同時に到着した。そして…。私の荷物だけがなくなっていた。
 私はホテルをチェックアウトしていたので、アメフトの防具だけでなく、パスポート、お財布、カメラ、日本で借りてきた携帯電話、防寒着や着替えなどなど、全てがその中に入っていた。


 せめてパスポートとお財布だけは持ち歩こうと、トラックに慌てて走ったのだが、私の荷物は、一番奥の一番下に既に積まれていて、私が到着した時にはちょうど、幌をかけようとしていたところだった。
 雪の中、大汗をかいて働いている担当者を見て、「そのバッグおろして」とは言いにくく、まあ大丈夫だろうと、パーティー会場に向かってしまったのが悔やまれた。


 チームは会場に電話をしたり、いろいろと手を尽くしてくれたが、荷物はもちろん見つからなかった。私たちの試合会場の隣は、トレーディングカードのコーナーで、スポーツカード収集家がいすに腰かけ、テーブルに自慢のカードを並べて、他のマニアと交換したりするスペースだった。
 一気にその人達が怪しいとみんなが言いだし、試合中大人気だった「SUZUKI」のバッグは、会場の駐車場でその人達に盗まれたんだという話しになった。NFLマニアに盗まれたとは、私もその方が気休めになるので、自分の中でそのストーリーを採用することにした。


 私の1試合だけのチームメート達の帰りのフライトは、次の日の早朝だった。「スーパーボウルのこの時期、航空券は高騰しているし、すごく混んでいてフライトの変更はできない。本当に申し訳ない」とリーグオーナーは言い、ギャラの200ドルを現金で私に手渡した。
 私はどうしていいやら途方に暮れつつも、どうしても聞かなければいけないことが一つあった。「ところで私は、トライアウトに合格したの? それともまだ結果はわからない?」。オーナーは「何を言っているんだ、君は合格に決まっているじゃないか。きのうの声援を聞かなかったのか?」と大げさに驚き、「おめでとう、グッドラック!」と言いながらも、どこか申し訳なさそうだった。

【写真】試合中のサイドラインで「ウオーターガール」と談笑するベティーさん