関学大のエースQBとして初めて迎えたシーズンで、コーチや関係者からこれほど評価が高い選手も珍しい。
 光藤航哉(みつどう・こうや=3年)。昨年は、春にけがをしてシーズンを棒に振った背番号「10」は、4月30日に神戸・王子スタジアムで行われたライバル日大との定期戦で2TDパスを決めるなど、堂々としたプレーぶりでチームを勝利に導いた。


 「やってはいけないことをやらない。落ち着いて、高いレベルでプレーしている。モビリティーがあり、独走する技術を持っている。関学として理想のフォームでパスを投げられる」
 関学大OBで、QBとしてプレーした小野宏ディレクターはこう絶賛する。


 もっとも、本人は満足していない。「レベルの高いレシーバーに助けられた。僕がもっといいボールを投げていれば、捕ってから走ることもできた」
 前田泰一(4年)、亀山暉(4年)、松井理己(3年)というチームの看板WRが今年も健在。難しいパスを鮮やかにキャッチして、新司令塔を助けた。光藤は、レシーバー陣に感謝した。


 中学、高校は同志社国際で学び、スポーツ推薦で関学大に入学した。
 同志社大でアメリカンフットボール部に所属していた父親の淳さんの勧めで、小学生の時にフラッグフットボールに親しんだのが「アメリカン」との出会いだ。


 1回生の2015年、当時の3回生エースQB伊豆充浩の控えになった。しかし、チームはリーグ戦で立命大に敗れ、5年連続大学日本一の望みを断たれた。
 光藤は「何も貢献できない自分が情けなかった」と振り返る。


 「伊豆さんと立命と早稲田の甲子園ボウルをスタンドで見ていた。その時、伊豆さんは『来年、俺は絶対このフィールドに立つ』と話していた。その言葉通り、翌年は立命に雪辱して甲子園ボウルに連れて行ってくれた」
 光藤は、この時の伊豆の鬼気迫る表情を今でも忘れないという。


 孤高の王者「ファイターズ」の中でも、QBというポジションは特別だ。OB、後援会、そして全国にいるファンの期待を一身に背負う。
 関学大のエースとして攻撃を指揮する左利きのQBは、1999年シーズンに「チャック・ミルズ杯」を獲得した有馬隼人以来だ。


 光藤は言う。「同級生とばかりではなく、4回生ともしっかりコミュニケーションを取らないといけない。コーチからは『4回生と対等にやれ。お前が引っ張らないとチームは変わらない。言うべきことを言わないと、自分の成長の妨げにもなる』と指導されている」


 日本一を目標に掲げるなら、全員が何をするべきかを考えなければいけない。それはファイターズに限らず、どのチームにも言えることである。
 「昨年同様、今年も立命と2度対戦する可能性がある。オフェンスを前に進めるのがいいQB。自分としては、伊豆さんの4回生の時をイメージしている」と話す。


 精神面でアドバイスを受けているという母親の千江美さんからは、「常に謙虚であれ」「調子に乗るな」と戒められているそうだ。
 171センチ、70キロ。けがを克服し、体格のハンディを持ち前のセンスで補うサウスポーのモバイルQBは「春のシーズンで、どれだけ上積みできるかですね」。既に秋の本番を見据えている。(敬称略)

【写真】4月30日、王子スタジアムで行われた日大との定期戦でパスを投げる関学大QB光藤=撮影:山岡丈士