会話の中でほのかに匂う関西弁の香りは、幼少期を関西で過ごした名残だ。大橋誠、51歳。この春から、Xリーグの強豪オービック・シーガルズのヘッドコーチ(HC)の座を元日本代表主将の古庄直樹に譲り、シニアアドバイザーとしてチーム運営に携わっている。


 HC時代は日本選手権(ライスボウル)で、チームを大会史上初の4連覇(2010年度~13年度)に導いた。
 「ゲームは選手のもの。コーチは選手がやりやすい環境をつくるのが仕事」が持論。先ごろ中国のハルビンで開催された19歳以下(U―19)世界選手権に出場した日本代表ではHCを務めた経験豊富な指導者が、これからの日本のアメリカンフットボール界の在り方、進むべき方向について語ってくれた。


 大橋は1965年6月9日に兵庫県伊丹市で生まれた。7歳で東京に移住し、進学した都立西高でフットボールに出会った。
 ポジションはオフェンスのガードとディフェンスのラインバッカー。一浪後に進んだ早大の4年時には副将を務めた。


 大学卒業後はリクルートに就職。「担当した求人広告の仕事は、バブル景気の追い風もあって順調で面白かった。給料はよかったし、周りを見ても実力があれば若くして出世していた。こういう会社なら、金儲けできるかなと思った」という。
 「社会人になってフットボールをする気はさらさらなかった」そうだ。しかし、練習でメンバーが足りないので手伝ってくれと言われて参加。大橋の言葉を借りれば「はめられたという感じ」。フットボールと濃密に関わる人生がスタートした。


 ▽代表コーチデビューは1999年、第1回W杯
 2000年にオービックのHCに就任した大橋の日本代表コーチデビューは、1999年にイタリアのシチリア島で開催された、第1回ワールドカップ(W杯=現世界選手権)だった。
 ディフェンスコーチとして、阿部敏彰監督(現アサヒビール・シルバースター監督)の要請を受けてスタッフに加わり、日本の優勝に貢献した。


 大橋は当時をこう振り返る。「99年に優勝したときは、生意気な言い方をすると日本のフットボールが『スタートライン』についたという感覚だった。醒めていたわけではないが、勝った負けたにはあまり関心がなかった」


 ▽リクルートからオービックへ
 99年にクラブチームとなった「シーガルズ」は、2002年の6月いっぱいでリクルートがスポンサーから撤退。03年にオービックがメインスポンサーになった。
 苦しい時代を乗り越えてきたチームの中心にいた大橋は「コーチに限らずリーダーになる人間は選手、スタッフが喜んでいることが自分の喜びになる。そういう『変換機能』を持っていなければいけない」と語る。
 「選手が自分をなめるならそれでもいい。やんちゃな人間が、自分の下でどれだけ自由にやれるかを試してみたい」。大橋の一貫したコーチ哲学である。


 ▽日本のフットボールは次の段階へ進むべき
 現在、社会人と学生の王者が日本一を争う「ライスボウル」について、大橋はこう語る。
 「レベルの差は関係なく、お互いに高め合ってきた意味合いはある。でも、学生が打倒社会人を掲げるのはいいが、次のステップに行ってもいい時期ではないか。具体的には、正月にアメリカのアイビーリーグの王者と日本の大学ナンバーワンが試合をするなど。アイビーリーグはボウルゲームに出場しないと聞いているので、時期的には問題ない。Xリーグと学生では、目指している方向が違うので、両者はどんどん乖離していく。外国人枠やルールしかり。アメリカンフットボールは、こんなに面白いスポーツなんだと分かってもらえるような仕掛けを作らないといけない」


 ▽望まれる「川淵三郎さんのような人物」の登場
 初代Jリーグチェアマンの川淵三郎さんが、日本バスケットボール協会の会長として、組織改革に成功したのは記憶に新しい。大橋は「川淵さんのように『集金力』のある人がフットボール界に来てくれればいい」と言う。


 4月からXリーグのGM会議に出席している大橋によれば「今のXリーグ1部は、18チームが強弱に関係なく一律に資本を提供して運営している。そのあたりを変えていかないとこれからは難しい」と話す。
 ここで言う「集金力」とは、社会的な影響力と経済力を持つ人や組織を巻き込んでいくことを意味する。それには、川淵さんのような人間としてのダイナミズムを備えた魅力的な人物の存在が必要なのである。


 ▽「過渡期」迎えたXリーグ
 NFLを見ても分かるように、アメリカンフットボールは「エンターテインメント性」が高いスポーツである。その中で、今季からリーグ戦の方式が変わるXリーグは「過渡期」を迎えている。


 「春のシーズンの使い方を競技団体として考えなければいけない。東はパールボウルがあって、2シーズン制になっているが、フットボールは本来そういうスポーツではない。固定ファンは増えているが、素人が見たときにどうかが問題。代表チームのエキシビションマッチやアリーナフットボールの試合の開催といった、エンターテインメントとしてアメフトをしたい、見たいという人のための環境を整える必要もある」と大橋は言う。
 オービックは過去ドイツに2度、米国に1度チームとして単独で遠征している。「新しいスタンダードができないか」という意図で始まった取り組みは「チーム強化という意味合いでも、選手が日本では味わえないサイズ感を体験できるメリットがある」と説明する。


 ▽「篠竹流」を全面否定していた学生時代
 「学生時代、日大の篠竹(幹夫)さんの指導法は全面否定していた。あんな〝やらされ感〟満載のやり方は受け入れがたかった。でも、この世界に長くいればいるほど、篠竹さんのやり方が理解できるようになる。根性だけでは勝てないだろうと思っていたが、最近は根性論なくしては勝てないのではと思うようになった。今のエリートアスリートは理屈だけで育っているけれど、とんでもなく理不尽な思いをしたからこそ身につくこともある」


 篠竹さんだけでなく、前京大監督の水野彌一さんについても「水野さんのおっしゃっている『一つのことを1万回』なども、選手にものを教えるとは結局そういうことが大切なのだと思う」と話す大橋は、「篠竹さん、水野さん、関学の武田(建)さんといった黎明期の指導者には遠く及ばないが、バトンを受けた以上、次のステップに引き上げないと先人に申し訳ない」と言葉に力を込める。


 現在、日本のアメリカンフットボールの競技人口は約2万人。大橋は「そのうち、日本代表でプレーしたいと考える選手は10パーセントもいないのではないか」と危機感を口にする。
 アメリカンフットボールを、いかに国内で発展させていくのか。国際試合の重要性や指導者の意識改革など、国際舞台を知るベテランコーチの目から見ると、今の日本のアメリカンフットボール界には多くの改革の余地が残されているのだ。(敬称略)

【写真】日本のアメリカンフットボールの将来について語るオービックの大橋誠シニアアドバイザー=7月22日、東京都内のホテルで