甲子園球場の三塁側アルプススタンドを埋め尽くした関学大の応援団が、フィールドに整列した「ファイターズ」の面々と一体になって校歌「空の翼」を歌い上げる。見慣れた光景をぼんやりとながめていた時だった。「彼」から声をかけられた。「お茶でも飲みに行きませんか?」


 彼とはファイターズの元名QBで、現在はチームのディレクターの要職にある小野宏さんである。ファイターズの公式HPコラム「スタンドから」を連載している石井晃さんとともに、球場を出て近くの喫茶店に入った。お二人は、元朝日新聞の記者という共通点がある。


 関学大職員の小野さんは、東京の進学校、都立戸山高校から関学大に進みQBとして活躍した。4回生だった1983年は、京大が初めて甲子園ボウルで優勝した年である。


 最終学年はけがをして「悲運のQB」と言われた小野さんにとっては、悔いの残るシーズンだった。5回生コーチを経て新聞記者になり、請われて大学に戻った。
 以後ファイターズのオフェンスコーディネーターとして、チームを何度も甲子園ボウル優勝に導き、3年前にコーチを引退している。

 14日に行われた関学大と日大の甲子園ボウルで、球場のファンに向けてFMラジオで試合の解説をした小野さんは、4年連続大学日本一の余韻に浸りながら、関学のフットボールについて語ってくれた。


 「私がコーチしていた少し前の関学は、身体能力が上の相手になんとか戦術で対抗してきた。でも今は違う。選手のフィジカルな強さや能力、基礎技術のレベルも高く、そこに長年積み重ねた戦術、戦略が加わっている」。ライバル日大を55―10と圧倒した背景を説明してくれた。


 現在、和歌山県田辺市の新聞社「紀伊民報」の編集局長を務める石井さんは、多忙の中できるだけ時間をつくり、上ケ原の練習場に足を運んでいる。実によく学生を観察し、シーズン中毎週更新されるコラムには、レギュラー組だけでなく、控え選手の名前が頻繁に登場する。


 「石井さんはチームにとって大きな存在。コーチがいつも言っていることをホームページでコラムに分かりやすく書いてくれる。文章にすると部員は何度も見直すことができる。シーズンが深まれば、コーチはどうしても1軍の選手を中心に教えなければならないが、石井さんは独自の視点で控えの選手にも注目してくれている。コラムは部員への分け隔てない愛情にあふれている」


 石井さんに限らずチームを支える「ファイターズファミリー」には、多様な人材が存在する。これもまた、勝ち続ける理由だろう。


 小野さんは言う。「みんなが関わって、見守ってくれているという雰囲気はとても大事」。年会費の納付率が80%を超えるOB会をはじめ、保護者による後援会などの組織は驚くほど充実している。
 「Mastery for Service(奉仕のための練達)」。関西学院の建学の精神は、ファイターズファミリーにしっかりと根付いている。


 東京の目黒区にある小学校の後輩でもある小野さんとは、毎年ライスボウルの前夜に東京でささやかな新年会を開いている。
 「甲子園ボウルは日本一への通過点」と言い切る孤高の大学王者が、総合力で上回る社会人チャンピオンにどう立ち向かうのか。
 その辺りの話を聞き出そうとするのだが、決まって返ってくる言葉は「それは見てのお楽しみ」。いつも冗舌な「小野ちゃん」は、こういうときだけ実に口が固い。

【写真】アルプススタンドを埋め尽くした関学大応援団=12月14日、阪神甲子園球場