「いい景色だなあ、と思った。相手が関学だったので、スタンドは人でいっぱいだった。人がいすぎて、逆に緊張しなかった。負けそうになってタイムアウトを取ったときに、スタンドを見たら、本当にいい景色だった」


 1993年12月19日。上松明(じょうまつ・あきら=43)は、日体大が初めて出場した「甲子園ボウル」にTEとして先発メンバーに名を連ねた。
 同じポジションの同級生のけがで、レギュラーとしての出番が回ってきた大舞台で、6回のパスキャッチを記録した。試合は10―35で敗れたが、背番号「81」を付けた上松は、常緑の芝生で躍動した。それまでの思いをぶつけるように。


 静岡県立富士高校時代は野球部のエースだったが、野球では限界を感じていた。将来は保健体育の教員になると決めていた上松は、迷わず日体大を受験する。
 さて何かスポーツをと思った時「大学から始めて追いつくスポーツ」という理由でアメリカンフットボール部の門をたたく。


 しかし、推薦で入学してきた学生をはじめ、体育大学には高い運動能力を持った選手がひしめいていた。「みんな足が速くて、ぶつかったら勝てなかった」。高校レベルとはいえ、野球ではお山の大将だった上松は、いきなり壁にぶち当たる。


 3年生までは、試合でユニホームを着ることはなかった。4年の春。コーチから主務(マネジャー)になるように打診された。「部員が多く、戦力としては考えていない。スクリメージ(実戦練習)にも入れるつもりはない」というのがその理由だ。
 上松はそのオファーを断る。1軍の練習相手になる、いわゆる「スカウティングチーム」で腕を磨き、徐々に存在感をアピールする。


 「当時の藤野監督は、ご自身も格好いい選手だったので、格好いい選手が好きだった。自分はそういうタイプではなかったので、4年間まともに夏合宿に参加させてもらえなかった」と振り返る。
 がむしゃらにアピールして信頼を勝ち得た上松は、甲子園ボウルでオフェンスの中心選手として、1シリーズを除いてすべて出場した。


 大学を卒業後、地元静岡の清水国際高校に保健体育の教諭として赴任する。「清水はサッカーの町。でも、うまい子には勝てっこないし、夢を見る気にもならない。勉強も自信がない」。教え子に対する印象は、昔も今も変わっていない。
 アメリカンフットボール部を作ったのは、1人暮らしをしていた新米教員の自宅に、一人の生徒が訪ねて来たのがきっかけだった。甲子園ボウルに出場した写真を見た生徒が「先生、これなあに?」。1994年、上松監督率いる生徒3人だけのクラブが誕生、翌年に学校から部として認められた。


 42歳の誕生日の1カ月前の昨年5月、咳が止まらない上松は「アレルギーかと思い薬をもらいに病院へ行き、X線を撮ったらすぐに大きな病院に行けと言われた」という。検査の結果は肺がん。それも最終ステージという宣告を受ける。
 「5年の生存率が4パーセントと言われた。最初は動揺したが、動揺してもいいことはないので、気持ちを切り替えた」。最初の抗がん剤はすぐに効かなくなった。
 今年の8月から使用している薬は効果があり「食べ物も無理に入れているという感じではなく、おいしいと思って食べている。みんなからは『それだけ食べられれば大丈夫』と言われている」と話す表情は明るい。


 清水国際は今季、静岡県大会を制し、全国大会につながる関東大会出場を決めた。上松は、6月20日の誕生日から約2カ月間入院した。その間は、ビデオで練習をチェックし、生徒に細かい指示を送っていたという。
 今年で創部20年。14人の3年生が主力のチームは、創部以来最多の部員数になった。その中で、上松が全幅の信頼を寄せるのが増田哲弥主将(OG/DE)だ。「本当に熱いキャプテンで、こちらのハートにはハートで応える。あいつがすべて、いい方向に仕向けてくれる」


 「子どもの頃から、スポーツで負けたことはなかった。でも、大学では最初『使えない』存在だった。期待されないつらさだけでなく、期待されるつらさも理解できる。うちは中学時代に駄目だった子が多いけれど、自分には『切る』という考えがない。今はチームにとってマイナスかもしれないが、この子に引っ張られていく子もいるのではないか。生徒には劣等感を持たずに、胸を張って生きてほしいと思っている」
 「とんとん拍子できた人より、教員をするにはよかった」と語る上松の、教育者としての持論である。


 11月2日の強豪・駒場学園高校(東京都2位)との関東大会初戦に向けて、「シャークス」は病気のことをおくびにも出さない監督の下で、厳しい練習に励んでいる。
 駒場学園とは過去に2回対戦し、ともに敗れている。吉田博正監督は、日体大の大先輩で、チームを立ち上げた頃から何かとサポートを受けている間柄でもある。
 「駒場に勝って、恩返しがしたい」。そう語る上松が、手塩にかけて育てたチームの応援には、大学の同級生が大勢駆けつけるという。

【写真】指導方針を熱く語る清水国際高校の上松明監督=静岡市の清水国際高校