強い日差しが照りつける夏の午後。東京都町田市の丘陵地帯にある日大三高のアメリカンフットボール部「ブラックレジスタンス」の選手が、黙々と練習に励んでいた。


 2000年に完成した全面人工芝のグラウンドは豊かな緑に囲まれ、東京とは思えない恵まれた環境が整っている。関東の強豪として全国優勝3度を誇るフットボール部は、隣接する野球場で汗を流す野球部と並ぶ、学校の看板クラブである。


 時折大きな声で選手にアドバイスするのは、漆間健夫監督。1973年の創部以来、40年指導してきた大ベテランだ。選手のことを、実によく見ている。


 今春の関東大会では、4年連続高校日本一の早大学院高に、決勝で40―15と快勝した。2009年以来の高校日本一も狙える今季のチームだが、漆間には気負いもプレッシャーも感じられない。


 「人生初のひどい腰痛になってしまって」。車輪の付いたいすを押しながら苦笑いする漆間は、5月で65歳になり、年度末の来年3月に教員としての「定年」を迎える。


 日大桜丘高から日大農獣医学部水産学科に進み、卒業後生物の教諭として日大三高に赴任したのが72年4月。高校、大学でのフットボール経験はない。
 高校の同級生には、日大の伝説のQB佐曽利正良がいたが「フットボールには、全く興味がなかった」という。


 フットボールとかかわるきっかけは、教師になって2年目のこと。ホームルームの時間に生徒から「男子校なのに、男子ならではのスポーツクラブがないのはなぜか」と聞かれ、とっさに「アメリカンフットボールはどうか」と答えたという。漆間は「なぜあの時、アメフトと言ったのか、今でもよく分からない」と振り返る。


 創部当初は、「生徒と若い教師が一緒に遊ぶ感覚だった」という。当時の日大三高は、東京の一等地・赤坂に校舎があり、今の町田に移転したのは76年。都会の赤坂校舎にはフットボールの練習をするグラウンドはなく、「近くの神社の神主さんに頼んで、境内で練習をさせてもらっていた」。


 初めての対外試合は、当時の成人の日だった75年1月15日。中大付属高に0―108で大敗した。「全くチームになっていなかったので、試合途中から相手のコーチが気の毒がって指導してくれた。除夜の鐘と同じ百八つ。正月を迎えたばかりなのに、また大みそかに逆戻りした感じだった」


 「神社で練習したりしていたので、いつ何があってもいいように、フォーマルな黒にした」。チームカラーを黒にした理由を、漆間はこう説明する。こうしたユーモアのセンスを持ち合わせているのも、生徒に人気がある理由だろう。


 対外試合を経験したことで、生徒たちはフットボールにのめり込んでいく。「素人監督」も、選手たちの熱意に応えようと指導者として猛勉強を始める。
 日大・篠竹幹夫監督と明大・野崎和夫監督。当時関東の覇権を争っていた指導者に教えを請う毎日が始まった。


 「篠竹さんは、表面は豪快だが、中身はとても繊細な人。シーズンが深まった時期に合宿所に伺ったら『絶対に笑うな』と前置きされ『どうしても必要な選手がけがをしてしまった。医者じゃ間に合わないから、これから祈とう師を呼ぶ』と言われた」。とても科学的とは言えないが、この時鬼監督が学生に慕われる理由が分かったという。


 名監督の模倣をするのではなく、独自の指導法を心掛けている。「自分は若い人に遊んでもらってきた。だから、お互いに切磋琢磨する関係でいたい。ただ『仲良しクラブ』になりそうなときは、私が入ってぶっ壊す」。年々深まる生徒とのゼネレーションギャップを実感しながら、時代に合わせた指導法を模索してきた。


 「厳しいことを言い続けて、たまに褒めるとポンと伸びることがある」「勝っても負けてもアマチュアなので、一生懸命やって負けるのはいい。仲間同士で何をやったかが大切」。多感な高校生と長年寄り添ってきただけに、その言葉には重みがある。


 「日大三高史上最強は?」という問いに、漆間は初めて全国大会で準優勝した84年のチームを挙げた。この年、東京・駒沢第二球技場で行われた決勝で、日大三中の野球部出身者が主力だったチームは関学高に敗れ、日本一を逃している。


 「実はあの時、選手たちが試合前に生焼けの今川焼きを食べてお腹を壊してしまった。トイレに駆け込む選手が続出して、試合では力を出し切れなかった」と、裏話を教えてくれた。


 来春に定年を迎える漆間に、日本一をプレゼントしたいという思いは、選手、スタッフだけでなくOBにもある。ただ、TEの三輪颯太主将はあえてそれを口にしない。
 「OBからは励まされている。春は関東で勝てたが、天狗にならず、秋のシーズンは挑戦者として臨みたい」


 固い絆で結ばれた監督と生徒にとって、4度目の日本一に向けた第一歩となる秋季東京都大会。シード校の日大三高は、9月21日の3回戦から登場する。(敬称略)

【写真】共同通信のインタビューに答える日大三高の漆間健夫監督=東京都町田市