JR京都駅から、地下鉄に乗り換えて約10分。約束の場所で待っていると、その人は愛車のハンドルを握り、迎えに来てくれた。水野彌一さん(73)。日本のアメリカンフットボール界のカリスマとして知られる指導者である。


 スポーツをする環境としては、決して恵まれているとは言えない京大の監督として、大学王座決定戦の甲子園ボウルで6度、社会人と日本一を争う日本選手権(ライスボウル)で4度の優勝を果たした名将だ。京大の監督を勇退した後、昨年5月から大阪・追手門学院高の「スポーツコースアドバイザー」として、高校生の指導に当たっている。


 狭い坂道で観光客を乗せた人力車とすれ違いながら、世界文化遺産の銀閣寺にほど近い水野さんのご自宅で、指導者としての理念、教育について話を聞いた。
 一度に1キロ食べることもあったという一昔前ほどではないが、「今でも大好きな肉をよく食べる」という水野さん。表情こそ穏やかになったが、鋭い眼光とカリスマだけが持つ独特のオーラは健在だ。魅力的な熱い語り口は説得力と示唆に富み、アメリカンフットボールに対する深い愛情にあふれていた。


 ▽大切なのは基本
 水野さんの指導法は、徹底的に基本をたたき込むことから始まる。「してはいけないこと」「やらねばならないこと」という基本形を強制する。
 「基本練習で毎日のように自分と対峙して得た上達は、絶対的な上達となって身につく。人の体は、頭より何十倍も賢いんです。一つのことを1万回。そうすると、パッと自分の世界が開ける瞬間がある。そうなると周りも見えてくるんですな」


 基本練習は自分との対話であり、こうした境地に達するように導いてあげるのが指導者の役目なのだという。「強制されたものであっても、限界を見て己を知った人間は、あくまでも強い」。約40年に及ぶ指導者としての経験がこう言わせる。


 ▽ベストは尽くすのではなく、超えるもの
 数ある「水野語録」の中でも、ひときわインパクトのある言葉である。
 「指導者として、選手をおだててやる気を起こさせるなどは、最もしてはいけないこと。そんな人間性を無視したやり方は駄目。ベストを超える、そういう気概を持って自己を磨き、自分を知ることに意義を感じる者だけが、京大でフットボールをする意味がある」。ただ、水野さんはこうも付け加える。「受験勉強のように、正解があることが嫌い。朝令暮改大いに結構。物事は柔軟に考えなければいけない。常に変化してよりよいものを目指す」


 ▽「びんた」と体罰は全く意味が違う
 水野さんは、限界を感じたり、弱気になった部員を覚醒させる手段として「びんた」を張ったという。
 「失敗や力不足を責める体罰は意味がない。指導者のフラストレーションのはけ口になっているような状態は、最悪だ。ただ、いくらやっても大事なところで力を出せない選手に気づかせるためのびんたは必要。もちろん、選手も納得した上でというのが大前提。それより、グラウンドを何十周も走らせたりといった懲罰が容認されていることの方が、よほど問題なのではないか」


 車の中や食事中の会話を含めると、インタビューは約4時間に及んだ。今回紹介した「カリスマ語録」は、残念ながらそのうちの一部にすぎない。「週刊TURNOVER」は8月30日にリニューアルする。
 圧倒的な存在感と、人を惹きつける人間的な深み。「水野さんの記事がもっと読みたい」という読者の皆さんの要望に応えるため、水野さんには定期的に小欄へ寄稿していただくことになった。どんな話が聞けるのか、編集部も今から楽しみである。(編集長・宍戸博昭)

【写真】京大監督時代に日本選手権を4度制した水野彌一さん(現追手門学院高アドバイザー)=27日、京都府左京区