腕組みをして、サイドラインで戦況を見つめていた「彼」は、14―21で敗れた試合を見届けるとフィールドを後にし、そのまま新幹線に飛び乗った。
 「彼」とは、東京を拠点に活動するシニアのアメリカンフットボールチーム「U―59ers(アンダーフィフティナイナーズ=59歳以下)」の仕掛け人でヘッドコーチの岡康道(56)。本業はクリエイティブディレクター兼CMプランナー。数々のヒット作品を世に送り出している、広告界の「カリスマ」として知られている人物だ。


 「負けたのがあんまり悔しいので、試合後の懇親会を失礼して東京に帰った。いやー、本当に悔しかった」。試合の翌日、東京・南青山にあるオフィスを訪ねると、岡は183センチの長身を折り曲げながら、子どものように笑ってこう言った。


 U―59ersと関西のシニアチーム「OVER40LEGENDERS」が対戦した「マスターズボウル」は5月12日、神戸の王子スタジアムで開催された。大学時代に活躍した往年の名選手たちを主力に据えた両チームが、フル装備でプレーする画期的なイベントで、岡はQBとしてプレーするはずだった。しかし、昨年12月の練習で痛めた左膝が完治せず、出場を断念した。悔しい理由はそこにもある。


 「フットボールに関わっている時間が、一番楽しい」と話す。京大でのプレーを望んだが受験に失敗。1浪後に進学した早大では、体育会ではなく学内の同好会でプレーした。電通に就職した後は社会人の中堅クラブチームに所属。1999年に独立して立ち上げた会社「TUGBOAT」でも仕事は順調だったが、フットボールに関してはどこか不完全燃焼の状態が続いていた。


 50歳を過ぎてからフットボールに対する情熱が再びわき上がる。きっかけは二人だけのキャッチボールだった。仕事仲間のデザイナーで、現在U―59ersに所属している坂本雄一(53)と、代々木公園でボールを投げ合ううちに、もう一度防具を着けてプレーしたくなった。
 東京・正則高でプレー経験のある坂本は振り返る。「最初は無理なら解散しよう、という話だった。サイトで部員を募り、2008年の5月から河川敷のグラウンドで練習が始まった」


 ラグビーやサッカーにはシニアチームがたくさんあるのに、なぜアメフットにはないのか。トップ選手との実力差は大きいが、一般愛好者でも長く楽しめる卓球やバドミントンと違い、アメフットは競技するにはそれなりの体力が必要で、危険が伴うことは岡もよく理解している。ならばシニア用のルールを作ればいい。「マスターズボウル」でも適用された①試合時間の短縮(1クオーター10分)②下半身へのコンタクトを厳しく取り締まる―などの「シニアルール」は、安全性の確保という意味で効果を上げていた。


 U―59ersには現在約50人が登録している。メンバーには日大とレナウンで日本一を経験したQB松岡秀樹(50)、OL尾寺忠(50)ら、輝かしい実績を誇る選手だけでなく、大学での未経験者も多く含まれている。岡は「年齢枠を設ければ、フットボールも生涯スポーツとしての立ち位置を確保できるはず」と、将来を見据える。


 「マスターズボウル」の大会実行委員長を務め、選手としても出場した松本崇利(56)は、岡のカウンターパートとして東奔西走し、開催にこぎ着けた功労者だ。「40歳以上の楽しく、カッコええフットボールを目指す」を掲げ、たった半年でチームを作り上げた松本の行動力に、岡は「準備が間に合うのかと思ったが、さすがフットボールが盛んな関西。素晴らしい」と敬意を表す。


 岡と松本は、ともに1956年生まれ。東西のキーマンの熱い思いに賛同し、ニューヨークから試合のために帰国した関学大の元名WR堀古英司(47)は「これで辞められなくなった」。日本選手権3連覇中のオービックもOBチームを結成した。無理だと思われていたシニアフットボールが、にわかに活気づいてきた。

【写真】サイドラインで戦況を見つめるU―59ersの岡康道HC=撮影:山岡 丈士氏、12日、王子スタジアム