大好きなマージャンで鍛えた勝負勘で、数々の修羅場をくぐり抜けてきた。ここ一番での「引きの強さ」は抜群。今シーズンからXリーグの名門クラブチーム「アサヒビール・シルバースター」を率いる佐々木康元ヘッドコーチ(44)は、まさにそういう男である。


 キャプテンという肩書が良く似合う。日大では下級生の時からディフェンスエンドで活躍。4年時の1990年シーズンは、主将としてチームを甲子園ボウルと日本選手権(ライスボウル)3連覇に導いた。
 ワールドカップ(第4回大会から世界選手権と大会名を改称)では、イタリアのシチリア島で開催された1999年の第1回大会と、4年後にドイツで行われた第2回大会で日本代表のキャプテンを務め、優勝トロフィーを手にしている。


 リーダーとしての資質は、スパルタ指導で知られた大学の恩師、故篠竹幹夫前日大監督も認めていた。「チームを背負う気概、試合に臨む心構えはすべて篠竹さんから学んだ」。栄光に彩られた大学での競技生活だったが、鬼監督とチームメートの間に立ち、生来の楽天家も「精神的、肉体的に限界まで追いつめられた」と振り返る。


 大学卒業後は、大手広告代理店に就職。選手としては一区切りをつけるつもりだった。しかし、大学の先輩でもあるシルバースターの阿部敏彰監督の熱心な誘いもあって、現役を続けることになる。
 佐々木が加入したころは、 ライスボウルへの出場資格がなかったクラブチーム不遇の時代が終わり、シルバースターは社会人のトップとして君臨していた。佐々木が大学1年の時に甲子園ボウルで完敗した、京大の名QB東海辰弥をはじめ、強豪大学出身者がこぞって入部した時代である。


 40年以上の歴史を持ち、ライバルから一目置かれる存在だった「クラブチームの雄」は、近年低迷が続いている。昨シーズンは日本選手権で3連覇したオービック・シーガルズに大敗。緊張感を欠く内容の試合が続き、OBからチームのモラル低下を心配する声が上がっていた。そんな状況で、再建の切り札として白羽の矢が立ったのが、監督にも遠慮なく意見が言える佐々木だった。
 「原点回帰」を掲げ、その第一歩としてまず若い選手に説いたのは、名門チームの一員としての自覚と規律の大切さだったという。


 2010年に広告代理店を辞め、スポーツマネジメント会社を立ち上げた。現在は、競技団体のコンサルティングなどを手掛ける会社の社長として、多忙な日々を送っている。「シルバースターの立て直しは、自分に課せられた任務」と話す佐々木は、代理店でのノウハウを生かし、子どもたちのためにフラッグフットボール教室を開催するなど、サポートしてくれる地域との良好な関係作りにも力を入れている。
 自転車通勤の効果もあって、110キロ近くあった体重は90キロを切っている。「スリムのジーンズがはけるようになった」と、お茶目な一面ものぞかせる「CAPTAIN ヤスモト」の、指導者としての手腕に注目だ。

【写真】Xリーグの記者発表会でアサヒビール・シルバースター復活を誓う佐々木HC=4月、都内ホテル