初めてスーパーボウルを取材したのは1989年。マイアミで開催された、第23回大会のサンフランシスコ49ers対シンシナティ・ベンガルズだった。QBジョー・モンタナを筆頭に、各ポジションに好選手を擁した49ersが、勢いのあったベンガルズに劇的な逆転勝利を収め王座に就いた試合である。


 第4クオーター残り3分20秒。3点差を追う49ersのドライブは自陣8ヤードから始まった。「クール・ジョー」と呼ばれたモンタナはそのニックネーム通り、冷静なプレーコールで信じられない逆転劇を演出する。巧みなプレーアクションから、短いパスをエースWRジェリー・ライスらに次々と決め、じりじりと前進。そして最後は、左のTEの位置に入っていたWRジョン・テーラーに決勝のTDパスを通し20―16で勝利する。残り時間は34秒だった。スタンドの観衆、テレビ桟敷のファンがかたずをのんで見守った一連の攻撃シリーズは「ザ・ドライブ」というタイトルがつけられ、現在まで語り継がれている。


 モンタナが来日した際、最後のプレーについて質問してみたところ、思わぬ答えが返ってきた。モンタナの後ろにいたRBロジャー・クレイグとトム・ラスマンがフォーメーションを間違え、左右逆に動いてしまったというのだ。攻撃ラインはランディ・クロスを中心に、完ぺきなパスプロテクションをしていた。左へモーションしたライスにベンガルズDBの意識が集中し、普段と違うポジションにいたテーラーのダブルムーブで一人のDBがバランスを崩し、エンドゾーンにはぽっかりとスペースが空いていた。


 当時の49ersを率いていたビル・ウォルシュ監督が考案した、短いパスを多用してテンポよく進む攻撃は「ウェストコースト・オフェンス」と名付けられ、その後NFLの主流攻撃コンセプトとして多くのチームが採用することになる。モンタナからエースの座を引き継いだサウスポーQBスティーブ・ヤングの勇敢なプレースタイルも印象に残る。日本でのNFL人気、認知度が急速に上がったのもこのころで、タレントぞろいの49ersは見ていて楽しいチームだった。


 日本時間の2月4日にニューオーリンズで開催される第47回大会に、49ersは18年ぶりに出場する。先発が予想される2年目のQBコリン・キャパニックは、学生時代から慣れ親しんだ自らも走る「オプション攻撃」を操る。モンタナとは全く違うタイプだが、選手としてダイナミズムを感じさせるキャパニックは、エースQBアレックス・スミスの脳振とうでシーズン途中からスターターを務め、チームをスーパーボウル進出に導いた。対戦するボルティモア・レーベンズのジョン・ハーボー監督は49ersのジム・ハーボー監督の実兄。指揮官の兄弟対決も見どころの一つで、2000年代に入って初めてスーパーボウル出場を果たした古豪が、ピッツバーグ・スティーラーズと並ぶ最多6度目の制覇に挑む。

【写真】プレーオフ・パッカーズ戦の第1クオーターに、自ら走ってTDを決める49ersのQBキャパニック=サンフランシスコ、AP=共同