悔しい敗戦から5時間ほどが経っただろうか。約束の場所に現れた関学の小野宏コーチは、吹っ切れたような表情をしていた。


 東京・目黒の小学校の後輩の彼とは、関学が日本選手権(ライスボウル)に出場してもしなくても、毎年正月にささやかな新年会をしている。
 ラム酒のソーダ割りを飲みながら彼は言った。「やっぱり駄目でしたね。でも、やることはやりました」。学生時代は名QBとして活躍した小野コーチはここ数年、FIGHTERSの「キッキングコーチ」を務めている。


 キッキングゲームはオフェンス、ディフェンスのチーム強化に比べて、ややもすると軽視されがちだが、競った試合になればなるほど、その完成度が勝敗に直結する。今回も、彼が率いるキッキングチームが、重要な役割を担っていた。


 ちょうど1年前の1月3日。ライスボウルの相手は今回と同じオービック。関学は試合開始のキックオフで、準備していた秘策をいきなり披露する。
 リスクを覚悟で敢行したオンサイドキックが成功し、攻撃権を得る。しかし、善戦むなしく惜敗。雪辱を誓って臨んだ今年も、勝敗の分岐点となったのはキックだった。


 15-14とリードして迎えた残り試合時間41秒。関学はパントで陣地のばん回を図る。しかし、パントは中途半端な形になり、相手に有利なポジションを与えてしまう。その後は、オービックの怒とうの攻撃に押され、再逆転を許した。


「オービックの逆転劇の源は、直前のパントキックの処理にあった」という書き出しで始まる関学OB、朝日新聞の大西史恭記者の戦評は、18行のすべてをこの場面に割いている。
 『関学大はコロコロ転がしてボールが止まるまで囲み、時間を消費する「ゴロパント」を選択した。だが、短めのキックを想定したオービックのリターナーは前に位置し、蹴られたパントを直接捕球して、さらに5ヤード前進。残り34秒からの攻撃を敵陣から始めることに成功した』。大西記者はオービックの勝因を、短い行数の中で分かりやすく的確に表現した。


 アメリカンフットボールは「準備のスポーツ」とよく言われる。その意味では、関学の戦いぶりは称賛に値する。手を変え品を変え、よくぞここまで用意したというほど、あらゆる場面を想定し周到な準備をしていた。


 勝負に出た第4クオーターのTFPの2点コンバージョンは、NBAのスーパースター、マイケル・ジョーダンにあやかり、付けたプレーネームは「ジョーダン」。QB畑卓志郎からRB望月麻樹へのバックワードパス、さらにエンドゾーンに走り込んだWR小山泰史にトスするスペシャルプレーは、観客の度肝を抜いた。これは前回、関学がオービックにしてやられたプレーでもあった。


 敗者に与えられるものは、何もない。だが、明らかな実力差を監督、コーチ、分析スタッフが知恵を絞ったしたたかな戦略と選手の高い遂行能力で補い、王者をあと一歩のところまで追いつめた。最後まであきらめず、持てる力を出し尽くしたその戦いぶりは、感動的ですらあった。


 東京ドームの一塁側のスタンドを埋めた応援団とともに、涙をこらえ校歌「空の翼」を高らかに歌い上げる青の戦士の面々の顔は、誇りに満ちあふれていた。目標の日本一には届かなかった。しかし、孤高の学生王者「KWANSEI GAKUIN FIGHTERS」が見る者に与えたインパクトは、とてつもなく大きい。

【写真】日本選手権(ライスボウル)、第4クオーター、敵陣で第4ダウンのギャンブルに向かう関学大攻撃ライン=3日、東京ドーム、撮影:Yosei Kozano