「知ってるよ。TURNOVERのこと。みんなも読んでるからね」。博多で所帯を持つ長女から電話があった。周辺のアメリカンフットボールがらみのお友達との会合のことを、フットボールのことしか取りえのない父親へ近況報告をしてきたのである。


 西南学院大の桑原直樹監督を中心にフットボール好きの方々が集まり、「九州でももっとフットボールを盛んにしなくては」と、いつ果てるともなく語り合い、きりがなくなって名残惜し気に「じゃあ、次回は」と、抜け目なく次の会合を決めて帰宅。「パパには、こんなことがあったと、報告しておきたくなって」ということで電話をかけてきたのである。


 「次から次へと話題が続くの」。そうだろうな、と思う。かなりの決めつけになるが、この競技ほど語れる、語り合えるスポーツはない。
 なぜそうなるかを仲間のおかみさんに説明したことがある。要するに選手一人一人の役割が違うせいであると。


 コールされた一つのプレーで、最も重要な役割を担う者がいれば、単なるおとり役もいる。ひたすら当たり、押し立てるしんどい役がいればその逆もいる。
 一つの目的のために、攻撃チームの11人がそれぞれ異なった動作を、一糸乱さずやってのける。ただ一つの方針に沿って、守る側の選手11人もそれぞれ異なった行動を、呼吸を合わせてやり遂げる。


 「ね。だからなんですよ」と、妙なところで半世紀以上も昔の選手から逆に念を押されて、この奥方も返事に困ったであろう。
 つまり一つのプレーの中にそれぞれ形の違う22人分の物語が入っている、ということを申し上げたつもりだったが、果たしてこちらの考えた通りに、受け取っていただけたかどうか。


 娘のサークルの中には、ルールをご存知ない方もいらっしゃるのだそうだ。「でもね、知らなくても面白いんだって」。そうなんだ。それがこの競技の最大の取りえなんだ。
 私は膝を叩いて賛同した。この競技唯一の専門誌として半世紀にわたって発行し続けている「タッチダウン」をご存知だろう。その昔ここに「フットボール夜話」と題してさまざまな話を書きつづった時期があった。
 ルールを知らない方への手引きとして、その夜話の中で角度を変えたルール解説を試みたことを、急に思い出した。


 解説する方としてはかなり自信のあるルールへのアプローチだった。しかし、問題は説明される側である。「この人、何言ってんの」。訳が分からなくなれば、意味が通じなければ、解説者としてこんなにむなしいことはない。
 ルールの初心者がどう受け取るか。専門家を自負しながら、この辺の食い違いの有無を、慎重に探っていた記憶がよみがえった。


 世間の一般的な評価では、アメリカンフットボールのルールは複雑で、難しいのだそうだ。難関は「4回攻めて10ヤード」のくだりだろう。


 フットボールはどこから見ても球技である。同じ球技でもネットを挟んで交互にボールを打ち合うテニス、卓球型の球技ではなく、広いグラウンドを行ったり来たりするサッカー、ラグビー型の球技である。


 近年格闘技という飾り言葉が、フットボールにも登場した。敵味方が入り混じってぶつかり合う、タックルやブロッキングの激しさから、盛んに言われるようになった。ファンを引き付けるにはなかなか得難い表現ではあるが、当のチーム指導者や選手本人が、その気になって粗暴なプレーに胸を張らないでもらいたいと思う。
 その球技が「4回の攻撃」で「10ヤード」と区切って見せる。初心者はここでつまずく。


 1957年(昭和32年)春、私は東京新聞へ入社し、新聞記者としての道を歩み始めた。初めからスポーツ記者だった。
 大阪支局在任中に声を掛けられて共同通信へ移った。無論運動記者だった。ここでは外電の処理(外国通信社が送ってくる記事を、必要に応じて新聞社向けに翻訳する)という仕事が付け加わった。新たな勉強だった。


 米大リーグならば、戦後すぐから諸先輩が積み重ねてきたさまざまなデータが残されていた。日々の作業は日本のプロ野球と同じようなものだった。
 もう一つオリンピックがあった。これもすさまじい量の資料があった。これに何を付け加えるのかと思うほどだったが、4年たつと再びすごい量のデータを自らの手で作り出さねばならなかった。


 主にこの二つが私を鍛えてくれた。というよりも、このオリンピックと、大リーグの資料整理に始まる準備作業が、ほかの競技にも通用する基本だったからだ。


 デスクを卒業しかけた時期に、海外のプロサッカーリーグの出稿が始まった。担当記者と打ち合わせをして、各国のチームのリストを作り上げたころ、若いサッカー好きの記者が、こうした地味だが、基本的な作業に一斉に飛びついてきたのを懐かしく思い出す。


 しかし、アメリカンフットボールだけはこうはいかなかった。プロフットボールのNFLをやりたがる者は多かったが、カレッジは少なかった。自分が好きなことだけに苦にはならなかった。ま、こんな調子で、いろいろな競技をあれこれと触っているうちに、その中でフットボールをどのような位置に置かねばならないかが、だんだん分かってきた。


 フットボールを特徴づけているのが、「4回攻め(る権利が与えられて、この間に)10ヤード(以上進めば、あらためて次の攻撃権が与えられる)」ルールである。
 でもこの文句はいったい何? 専門家はこともなげに素人に向かってこの言葉を生でぶつける。そのときこの言葉に表された本質、つまり「交代制」をもう一度理解し直したいと思う。


 これはこのアメリカ生まれのスポーツが持っている魅力を表す重要なキーワードなのだ。このスポーツが持っていると書いたが、実のところフットボールだけが、とした方がいいかもしれない。
 日本人は、この「交代制」のあるスポーツを、もう一つご存じである。ことさらいうほどでもないが、「野球」である。


 試合の中の一定期間、片方が攻め、片方が守る。一定の条件に達したらその立場を変える。攻守交代である。こうした競技は多くない。識者によると世界では幾つかあるのだそうだが、私の知る限りではほかにクリケットを数えると、終りになる。つまり球技といっても、かなり珍しい代物なのだ。


 ここで「あ、野球といっしょ」とおっしゃった方には、無条件で帽子を脱ぐ。その通りである。「4回10ヤード」を熟知されておられる方々も、もう一度ここで、「スリーアウトチェンジ」のように、交代制のある珍しい球技という認識を持っていただきたい。


 フットボールを難しそうにしているものがあるとすれば、それはこの交代の取り決め以外にはない。平等に攻め合い、守り合うために、1869年のプリンストン大対ラトガーズ大の対校戦以来、多くの識者がこの難問に取り組んできた大切なルールなのだ。
 攻守交代制のある球技。だから他の球技と違って一段と面白い。それがアメリカンフットボールである。

【写真】関学大と日大が対戦した2007年の甲子園ボウルは、アメリカンフットボールの魅力が詰まっていた