今回も私個人の資料整理の中で、多少読者の方々にも興味がおありかな、という部分を取り出して、ご紹介しようかと思う。
 前回は南部の一流校が集まるリーグが 、古くからのリーグから分かれて、一つ、また一つと生まれてきた話をした。母体となったリーグはもちろん小さくなる。それでも新たに加盟してきた別のメンバーによって、これまで通りに運営されるという「物語」だった。


 全米大学体育協会(NCAA)のフットボール部門のボウル・サブディビジョン(FBS=旧1部A)には2014年現在で128校が所属し、各チームともメジャーとしての誇りを持って、秋の試合に臨んでいる。
 一段階下のチャンピオン・サブディビジョン(FCS=旧1部AA)には、フットボール発祥のチームを含む名門諸校が豊かな歴史に満ちて秋を過ごす。


 前回ご紹介した南部連盟(サザン・カンファレンス=SC)などは一昔前、南東リーグ(SEC)や大西洋岸リーグ(ACC)を送り出しながら、現在は1部AAに甘んじているように見える。
 組織の側から現状を見るとこういうことになるが、逆に現在このリーグに参加しているチームの側から言うと、1部Aを張るだけの力も規模もないのだから仕方がないといえる。


 その代わりに南部、大西洋岸に展開する同等の力を持ったチーム同士が、古くからの組織名をそのまま利用してリーグ戦を展開している、ということになる。
 つまり、何度も言うが、まずチームがある。次にそのチームが集まってリーグができる。 SCのケースなどは、この角度から眺めると極めて分かりやすいと思うが、どうだろうか。


 これまで、こうした理由から、惜しまれつつ名前が消えていったリーグが、幾つもある。最近でいえば、南西リーグ(SWC)、ビッグ8(Big8)それにミズーリ・バレー連盟(MVC)といったあたりだろうか。
 この3リーグ微妙に関連し合っているのも、私の興味を引くところだ。広大な米国の、真ん中あたりを根拠地にする諸校である。
 大ざっぱに言って、東にミシシッピ川が流れ、西は大平原を越えてロッキー山脈のふもとまで。北は五大湖、南はメキシコ湾岸のそれぞれ手前まで、といった広大な地域である。つまり1803年に米国がフランスから購入したミシシッピ川右岸「ルイジアナ」の中ほどあたりが今回の舞台となる。


 大海原で水平線を眺め、地球は丸いと感じられた方は多いと聞く。しかし地平線を眺め渡してそれを感じる場所を、普通の観光地などで見つけ出すのは難しいらしい。
 1970年代半ば、1年下の関学のQB東山修さんが企画した、阪神航空のボウルゲーム観戦ツアーの解説員にと声がかかり、ゲーターボウルからローズボウル、アロハボウルに至る旅を味わったことがある。


 このときフロリダからアトランタで乗り換えて、ロッキー越えをした。つまりアメリカ大陸横断である。座席は通路側だったので、あまり多くは見ていないが、ロッキーに差し掛かるまでの窓外に驚いた。真っ平らだった。
 地平線が丸くたわんでいるようにも見えた。同行の識者がしたり顔に「地球が見えるでしょう」とおっしゃった。


 その平らな土地で、20世紀には結構激しい離合集散が繰り返された。まず1907年、この地にミズーリ・バレー大学対抗競技体育協会(MVIAA)と称する組織が誕生した。
 創立メンバーはカンザス大、ミズーリ大、ネブラスカ大、ミズーリ州セントルイスのワシントン大、それに前回、ビッグ10のメンバーでありながら、ミズーリ・バレーにも所属していたアイオワ大の5校である。


 南北戦争が終わってまだ間もない時代である。ちょうど米国が西へ西へと発展を続けていた時期でもあった。
 MVIAAには発足の翌年、1908年にアイオワ州立大そして同州デモインにキャンパスを持つドレーク大が参加。11年に「二股」かけていたアイオワ大がビッグ10だけを本拠地にするように決めて、ここを去ったが、13年にカンザス州立大、19年にはアイオワ州のグリネル大が加入。そして20年にはオクラホマ大、25年にはオクラホマ農工大(現州立大)が相次いで加わって10チームとなった。


 NCAAの組織の中には、結束の固いものもあれば、いたって緩やかなものもあって、日本でのスポーツ団体のありようとははなはだしく異なる。よく分からぬが、現在統一に向けて話し合っているバスケットボール協会の二つのリーグなどは、このように付いたり離れたりを繰り返す米国の大学リーグを、どのような思いで見ているか、ちょっと聞いてみたい気がする。


 バスケットの話を振ったのは、このあとの動きがまた激しいからで、現在の有力リーグがどのようにして生まれてきたかは、改めて整理し直さねばならない。
 オクラホマ州立大加入の3年後の1928年、読者諸氏がよく知る有力校が一斉にMVIAAを出て、ビッグ6というリーグを立ち上げた。これが現在のビッグ12の前身である。


 ビッグ6の創立メンバーはカンザス大、ミズーリ大、ネブラスカ大、オクラホマ大、アイオワ州立大、カンザス州立大。1948年にコロラド大が加盟してビッグ7。1953年にはリーグ立ち上げには加わらなかったオクラホマ州立大が加わってビッグ8となり、この形は1996年まで続いた。
 そして1996年にはSWCのベイラー大、テキサス大、テキサス農工大、テキサス工科大の4校と合併してビッグ12の誕生となった。


 もっとも、このビッグ12はその後今日まで離合集散を繰り返し、現在は10校のリーグになっているのはご承知の通り。
 移動年は省略するが、ミズーリ大とテキサス農工大がSECへ。ネブラスカ大がビッグ10へ、コロラド大が太平洋12大学へと、4校がそれぞれ移動した。残りの8校に今度はテキサスクリスチャン大(TCU)と西バージニア大が加わって現在の形が出来上がっている。


 さてビッグ6の創立時に残留したチームが4校あった。ドレーク大、グリネル大、オクラホマ農工大(現オクラホマ州立大)ミズーリ州のワシントン大の諸校である。
 これではリーグの存続が危うい、というのが日本での認識だろう。ところがそうはならなかった。この28年にクレイトン大、32年にはバトラー大、35年にはタルサ大とウォッシュ大が加わり8年やそこらの内に8校リーグが出来上がった。


 しかし膨張はとどまるところを知らず、37年にはセントルイス大、47年はウイチタ州立大、49年ブラッドリー大とデトロイト大、51年にはヒューストン大、57年はシンシナチ大と北テキサス大、64年はルイビル大、68年メンフィス大、72年西テキサス農工大と40年余りの間に、14校が次々と加盟を申請した。
 リーグの優勝校一覧にはニューメキシコ大の名もあり、実際は果たして何校がこのMVCに加盟し、さらに去っていったのか、ちょっと見当がつかない。


 MVCは1985年のタルサ大4連覇のシーズンを最後に姿を消した。これまで述べてきた通り、かつてはビッグ8や南西リーグの母体となり、内陸、平原地方を押さえていた名門リーグだった。
 ミズーリ・バレー名はミシシッピ川の数多い支流の一つに由来する。ミズーリ州のセントルイスでミシシッピ川から枝分かれしたミズーリ川は、そのまま西へ同州を横断し、カンザスシティーからミズーリとカンザスの州境を北上。さらにアイオワとネブラスカの州境から南北両ダコタ州を縦断し、モンタナ州に至る。


 ミシシッピの支流の中でも屈指の大きな川である。渓谷を意味するバレーが流域を指すのか、セントルイスからカンザスシティーへ至るまでのミズーリ州の渓谷を指すのか、その辺のところは不勉強で分からぬが、最初のころの加盟校がこの流域の諸州の大学だったのは確かである。

【写真】SECの強豪、テキサス農工大(AP=共同)