米国ではまず、初めにチームありきである。と書き出すと、古くから私が書いたものを読んでいてくださった方は、「あ、またあの話か」となる。これまで幾度となく、折に触れて書き続けてきたテーマだが、これは繰り返し書いておく必要があると信じている。
 つまり、日本のありようとは異なる、米国の大学スポーツ、とりわけフットボールに対する認識を誤まりたくないからである。


 ともかくシーズンになったら、あるいはシーズン直前になったら、おのずとその年の展望とか傾向とかに触れなくてはならない。ごくわずかの基本的な説明や背景を書いているスペースがもったいなくなる。(横道へそれるのが大好きなジジイが何を言ってる)だったとしたら、ただ今現在、本場米国の大学フットボールの基礎知識を紹介しておいた方が、先々の余計な説明を省けるかもしれない。「いつやるか。今でしょう」である。(ミーハーなジジイだな)


 テーマは組織である。とりわけ球技関係だが、日本の場合、最初に組織が存在する。○○協会とか××連盟とかがあって、各チームはそこへ参加する。「正規に」そのスポーツをやりたければ、その組織へ行くよりほかに手段はない。
 米国のカレッジフットボールはその出発点が逆だ。まずチームがある。他校に同好の士が作ったチームがあれば、声を掛ける。誘う。グループとして集まる。さらに「必要があれば」組織をつくる。


 このオフの間に、長期の休養で白紙に戻っていた向こうの各リーグの離合集散を、「今やっておかねば」と連日整理している。テキストは全米大学体育協会(NCAA)の公式レコードブックである。大きい本なので、必要な部分を抜き出しておかないと、次の作業で困ることになる。
 現在は、そのチャンピオンリストを「お勉強」しているのだが、各リーグ(正式にはほとんどをカンファレンスとするべきだろうが)の組織の誕生を紹介する「一言」について、どうしても触れておきたくなった。


 アイビーの8校を例にとるが、魅力に富んだこの米国最古のスポーツグループは、特段の組織さえ作ることなく、米国のスポーツ社会の中で確固とした地位を確立し、承認され、敬意を払われてきた。しかし、20世紀の半ばを過ぎるころから、ステータスシンボル的な色彩がさらに色濃くなり、それに連れてアイビーの8校だけでスポーツを、特にフットボールをぬくぬく楽しんでいるわけにはいかなくなった。


 外部のチームが参加を求めたり、あるいは有力校を他のグループが引き抜こうとする動きが、激化した。そこでアイビーは初めて「自衛」のために、やむなく8校でまとまることにした。
 その必要がなければ、恐らく今でもグループを作らないままでいたかもしれない。19世紀末から存在する「アイビーリーグ」の創設年が、なんと1956年と思いのほか新しいのは、こうした理由によるものなのである。


 改めてNCAAの公式レコードブックのチャンピオンリストを見てみよう。ここには「アイビーリーグ」ではなくて「アイビーグループ」と表現されている。これが正式の呼称なのであろう。
 ともかく他の組織は設立年、設立メンバー、その後の加入、脱退など、結構多くの紹介事項が延々と並んでいる。ところがこのアイビーだけはいたって短く、設立年、設立メンバー、現存メンバーの3項目だけが記され、しかも設立メンバーと現存メンバーが全く同じという、稀有な記述が記載されている。そのままを書く。


 ただ「8校のメンバーによって創設」のくだりはしっかりと記憶していただきたい。他のリーグも設立を説明したところは、おおむねこんな記述になっている。個々のチームが集まって組織をつくったので、組織ができてからメンバーを集めたのではない。


 「アイビーグループ」
 創設は1956年で8校の設立メンバーによって創設された。設立メンバーは8。ブラウン大、コロンビア大、コーネル大、ダートマス大、ハーバード大、ペンシルベニア大、プリンストン大、エール大。現存メンバーは8。ブラウン大、コロンビア大、コーネル大、ダートマス大、ハーバード大、ペンシルベニア大、プリンストン大、エール大。


 もっともこのリスト、NCAAフットボール部門のチャンピオンシップ・サブディビジョン(FCS)、つまり1部AAのページなのが少し寂しい。創設年の1956年には間違いなくメジャーであり、1部だった。
しばらくこのまま推移したものの、1978年に1部校がAとAAとに分けられ、さらに1982年にもう一度整理し直されたため、アイビーはAAに後退。レコードブックのFCS=1部AAの方のページに記載されることとなった。残念なことでもある。


 リーグについての話題を少し取り上げる。まずは最古のリーグ。ご承知、「ビッグ10」である。フットボールが生まれて二十有余年が経過した、19世紀末の1895年に誕生した。
 西部連盟という名で知られるが、正式名称としては「才能豊かな代表たちの大学対抗競技組織」という大仰な名がつけて発足した。設立メンバーはシカゴ大、イリノイ大、ミシガン大、ミネソタ大、ノースウエスタン大、パーデュー大、ウィスコンシン大の7校だった。


 この4年後の1899年、インディアナ大とアイオワ大の2校が加入し、20世紀に入ってからは、1912年にオハイオ州立大が参加。1953年にミシガン州立大、さらに1993年のペンシルベニア州立大と続いた。
 一方1907年にミシガン大が脱退。10年後の1917年に復帰する出来事もあった。また当初の有力校だったシカゴ大は1940年に組織を離脱している。なおアイオワ大は1907年から1910年までの4年間、この西部連盟とミズーリバリー・リーグの両者に加盟していた。理由はよく分からない。このへんの自由さがやはりカレッジスポーツの原点ともいえる。


 ともかくこの西部連盟を、あの大仰な名前でこの組織を呼ぶものはなく、オハイオ州立大が参加した後、この組織は非公式にだが、ビッグ10と呼ばれるようになり、この呼称は39年まで続いた。
シカゴ大が去った40年からはビッグ9と呼ばれ、53年からはミシガン州立大の参加に伴って再びビッグ10の名が戻り、今度は正式名として今日に至っている。


 あまり波風の立たないビッグ10でもこの程度の出入りや変化があるのだから、他の組織は推して知るべしで、その離合集散ぶりは、結構華やかといえる。
 冒頭に書いた通り、まずチームありきで、組織はその自由な出入りに即して形を変えていたのである。かといって、2014年からチーム数が飛躍的に増加したにもかかわらず、ビッグ10の呼称そのままというのも面白い。


 ビッグ10が中西部の名門リーグなら、南部では南東リーグ(SEC)が名門の名をほしいままにしている。最近では大西洋岸リーグ(ACC)がSECの後を追ってレベルを上げているのもご承知の通り。
さてクイズめくが、この両組織、どちらも別の組織から枝分かれしてできたことを知る方は、かなりのカレッジファンと言わざるを得ない。


 SECとACCの母体となったリーグは、南部連盟(SC)である。現在は1部AAだが、ここから巣立っていった、または離れていった連中は、ほとんどが超一流だった。
 SCは1921年に14の教育機関が集まって設立され、翌22年からは増加の一途をたどり、33年には39校にも達していたという。そしてこの年、13校が組織を離脱してSECを、1953年には7校が南部連盟を離れてACCをそれぞれ設立した。


 新組織を作ったSECとACCのメンバーを書くと有力南部諸校の羅列になるので、今回は見送る。大体が現在のそれぞれのリーグを構成するメンバーで特に珍しくもあるまい。
 母体となった組織がパッとしないのに対し、出ていった方は華やか極まりない。このへんが面白い。これが米国と、しみじみ思うのである。

【写真】「アイビーリーグ」に所属する米カレッジの名門、ハーバード大(AP=共同)