センターというポジションに、必ずしも共感していただいたわけではないだろうが、多くのご意見、感謝の極みである。
 「俺がボールを動かさない限り、プレーは始まらないんだから」と、若いころ胸を張って見せたものだが、フットボールの数多い役割の中でも、センターはユニークな面がある。その点は気に入っている。


 前回、谷川福三郎さんへのロングスナップの話をした。センターの技術の中でも、多少の練習が必要で、簡単ではないかもしれない。だからといって、TフォーメーションでのQBへのスナップも、直接手渡すだけだからといって、一概に簡単だとは言い切れないものがある。


 私たちは関西学院の高等部2年からTフォーメーションを始めた。QBは鈴木智之さんが務めていた。「ボールは縦にして、股の間へ差し伸べられているQBの手に渡すわけである」と書いたところで、かつては横にして渡していた時代もあったことを思い出した。
 いつからいつまでだったか、期間は覚えていないが、それほど長期ではなかった気がする。


 ボールが縦か横かはQB次第で、「横がいい」と要求されたら、それに従うだけの話だった。とにかく、QBの要求にできる限り忠実に、である。乏しい記憶をたどると、T時代初期のこのころは、全部横出しだったようにも思う。
 今では奇異に感じるだろうが、球を出す方も受け取る方も、それほど難しい話ではない。ただ、ボールのレース(縫い目というか、ゴムチューブを出し入れする場所)がQBの利き手の指にきちっと来るように、気をつけさえすれば万事OKなのである。


 もっとも、球を手渡す時にはある程度の強さが必要だった。QBの手にピシャッと音がするくらいの力でたたきつけろと教えられた。つまらぬ気遣いはかえってあだになる。大学へ進んでからは、武田建さんのセンターとしてもプレーした。
 建ちゃん(武田さん、こんなくだけた敬称でごめんなさい。私にとっては、建ちゃんとしないと誰の話をしているのか分からなくなりますので)からは「米国では、スナップのときはQBの手が裂けるぐらい強く出せと言うんだよ」とも教えていただいた。


 鈴木さんは手が意外に大きく、普通にスナップしていれば、特別な要求はなく、極めて楽なQBだった。反面、武田さんは要求を次々とお出しになった。
 1年生の終わりに、仲間の一人から「この1年間大変やったやろう」とねぎらいの言葉を掛けていただいた。ありがたいことだったが、実は、ねぎらわれるような苦労は何一つなかった。


 もともと最上級生だからといって、威張ることの一切ない人で、いったん防具を脱げば、上下の隔てなく語り、接していただいた。今でも「ため口」に近い話し方ができる先輩の一人である。


 そこで建ちゃんの要求だが、内容は一言でいって、QBとして自分が最善を尽くすための必要事項だった。今思い返してみると、これはセンターを指導育成するための、基本的なマニュアルだったのではあるまいか。


 普段の練習で「こうしてほしい。それはしないでほしい」といった指示が正確にできているかどうか。これがいいセンターが育つかどうかの分かれ目といえた。
 つまりいいQB、伸び伸びとはつらつとプレーするQBはおおむね、基本のできたいいセンターを持っているといえる。
 上等のセンターを育てるのは、自らの指示の確かさや上手下手と密接なつながりがある。QBを務める人はそのように認識してほしいものだ。


 センターを保護する重要な存在として、左右に一人ずつガードがいる。スナップで、特にロングスナップでバランスが崩れる仲間が、敵に跳ね飛ばされないよう、敵の危険からセンターを守る役割だと、この当時聞いたことがある。
 それで「ガード」というのだとも。真偽を確かめていないが、その解釈で間違いないと私は思っている。センターはそれぐらい大事にされて当然のポジションなのである。(多分に我田引水だが)


 ただ、同じガードでも「悪い奴」がいる。このガード、試合の時には実に頼りになる男で、間違いなく高校から大学の7年間、私をガードしてくれた。しかし、練習相手としては実に困った存在で、とりわけパントでは、つまり私がロングスナップをせねばならないときに、私がボールを出した瞬間、両肩を実にタイミングよく両手で突くのである。


 やや下から、ピッタリの呼吸で「かちあげられる」と、ロングスナップした直後は、間違いなく跳ね飛ばされる。重心が後方へ移動しているせいで、下手をすれば尻から地面に落ちた。空を仰ぎ見るような形になるので、私たちは「青天井」短くして「アオテン」と呼ぶ状態になった。
 間違いなく屈辱である。しかし先に言ったようなわけで、ロングスナップした直後に、こうなるのはやむを得なかった。


 私のガードは、センターをかち上げるこのタイミングを、見計らうのが実にうまかった。仰向け状態を逃れることができれば上出来。大体は空を仰ぎ見、場合によってはヘルメットの後ろを押さえられて、フィールドをなめた。


 こうして鍛えられたせいか、大学時代、試合で当たられて困ったことは一度もない。ただ練習では、地べたを這った。仕方なく這わされたといった方が正しいかもしれない。
 このガード、名を木谷直行という。木谷さんはご存じ、4年の時の主将。卒業式の全学部の総代を務めた「文武両道」の達人である。


 普段は、木谷さんが味方でよかった、としみじみ思った。守備ではライン5人のディフェンスを敷いていた。木谷さんはミドルガードを受け持った。関西、関東を問わずその餌食になった他校のセンターはいったい何人いたことか。
 特に、怖いのは木谷さんの魔術に引っかかって、スナップも何もかも忘れ、ボールを放り出してブロックしにかかるセンターが、いたことである。


 その瞬間、球はQBの手の中で跳ね、踊りそして地上へ落下する。相手校のことながら、私はいつも悲しい思いでこの情景を見ていた(嘘つけ!)。
 この手のターンオーバーは前進できなかったシリーズが終わり、その次の攻撃の時に出ることが多い。推測するに、センターがベンチへ戻ってから、監督、コーチに「木谷を止めろ」と叱られたからであろう。
 次の攻撃で、必死に木谷さんを止めにかかったセンターは、何もかも放り出してブロックのみに専念してしまう。これが怖いのだ。


ベンチは対応を間違えてはならない。前のシリーズで木谷さんを抑えることができなかったこの傷心のセンターに対して、こう言わねばならない。「気にするな。お前を守ってやれなかったガードが悪い。きつく言っておく。だからスナップだけに専念しろ」。チームの仲間も同様である。


 「止めろ止めろ」の大合唱は、行き着くところ間違いなくファンブルを生む。QBはラインを抜けて侵入してきた木谷さんに、甘んじてタックルされた方がいい。変に抵抗してボールをこぼし、リカバーしようとして腕や手を痛めたら元も子もない。


 その日から約60年、審判員を務める後輩が「タンブーさん、ええ時代が来ましたで」と話しかけてきた。話を聞くとロングスナップの直後のセンターをいじめてはいかん、とのお達しが、ルールブックに登場したという。私は声を上げた。「60年昔に戻ってくれ」―。


 適応する条文は「第9編 規則の適用を受ける者の行為 第1章 パーソナル・ファウル 第14条 スナッパーに対する接触」である。そこには、こうある。
 ・スクリメージ・キック・フォーメーションの場合、スナップ後1秒間経過するまでは、守備側のプレーヤーからスナッパーに対して接触してはならない。
 つまりボールを股の間から後ろへ投げた後、敵方に対して身構えるだけの、必要にして十分な時間ができた、ということなのである。

【写真】ロングスナップ後、リターナーをタックルするオービックのLS西口(39)=撮影:Yosei Kozano